ヨルの探偵Ⅰ


 おずおずと手を伸ばして、黒い塊の肩を叩く。


「あの……すみません踏んでしまって。お怪我はありませんか?」

「⋯⋯」

「ええ、もうお亡くなりに? はやくない?」

「……」

「起きてくれないかな〜。死の淵から生還してくれると、とっても有難いんですけど」


 反応がない。屍のようだ。

 うんともすんとも言わないし、立ち去ってしまっても問題はないはず。でも、もし見られていたら完全犯罪にはならない。

 つまり、やるべきことは? 処理?


「やっぱりもうあの世か……。死体処理ってどうすればいいんだっけ……?」

「……誰が死体だ」

「ひょわっ!?!? 死体が喋った!?」


 死体と認識した黒い塊が、突然低い声を発したせいで素っ頓狂な声が自身の口から飛び出た。挙句、尻もちもつく羽目になったので最悪。

 ごそごそと動く黒い塊に、座り込んだまま後ずさる。

 んー、明け方まで弟とやったゾンビのホラーゲームが現実世界でも起こってしまったような感覚。

 隣でばかすかゾンビに銃弾を乱射、命中させていく真顔の弟に対して、私はコントローラーの使い方を知らず、一歩も前に進めない逃げられない、挙げ句の果てに序盤でゲームオーバー。

 その対称的なその様子に、泊まりに来てた弟の友達から「姉と弟交代したほういんじゃね?」と屈辱的な言葉すらもらった。

 それが昨日の話だ。まぁ、そんな話は置いといて。


「うわぁ〜……生きちゃってましたか。踏んでしまってすみません。それで、あの、お怪我は?」

「……ない。ただ寝てただけだ」

「…………」


 地面で? この格好で?

 あ、いけない。また顔に出てしまった──が、もちろん目の前の黒い塊には見えていない。

 というか、まだその格好で喋るのか! と内心ツッコミつつ豚箱行きを免れたことに少し安堵した。

< 5 / 538 >

この作品をシェア

pagetop