ヨルの探偵Ⅰ


 グリップをキツく握り、目的地までノンストップで向かう。運良くこの緊急時に警察に目をつけられなかったのは幸いだった。

 着いたのは、人の気配はあまりないが繁華街の裏だからか少し騒音がするアパート。

 外壁は崩れていたり、雑草が駆除されていなかったりと、家賃を安く済ませたい大学生やフリーターが住んでそうな住宅地だ。

 なるべく足音を消すように敷かれた砂利を踏み、アパートの間取り図を確認。2階右奥の304号室。


「……人の気配、しないな」


 階段を上がり、ドアの前まで来て、ふと呟く。

 マリカより早かった……? それともまた別の問題が生じている? この胸騒ぎはなんだろう。

 マリカと鉢合わせしませんようにと願って、鍵穴をピッキングで開けた。音を出さないようゆっくりドアノブを捻り、室内に踏み込む。

 至って、普通のアパートの一室。

 ────なんてことは、なかった。


「な、にこれ……」


 フリルのワンピースやレースのお洋服、ぬいぐるみやカチューシャ、アクセサリーが床に散乱していて、部屋はお世辞にも綺麗とは言えない。無惨な有様だ。

 酷すぎる。カップ麺に虫が集っていて、シンクも洗われてない。

 絶句しながら辺りを見渡し、姿が見えないことに首を傾げながら、なるべく穏やかな声で「千尋くん?」と名を呼んだ。


「千尋くん、いる?」

「……」

「助けに来たよ。唄ちゃんのところへ帰ろう」


 〝唄ちゃん〟とたった一言。

 その名前を出した刹那、押し入れから、カタンと小さく音が鳴った。

 襖がゆっくりと開かれ、出てきたのは──琥珀色の癖っ毛の男の子。今にも泣き出しそうな顔で、ぬいぐるみのような瞳をうるうる潤ませている。

 フリルのスカートを着せられ、裾から覗く足首には鎖付きの枷がつけられていた。恐怖で声も出ていない。

 幼き莉桜くんの姿と、重なった。


「う、唄ちゃんは……?」

「千尋くんのことを待ってる。私はヨル。君たちを助けるよ」

「ほんとに……?」

「うん。ここから逃げ出そう」


 ぽろ、瞳から涙を溢れさせた千尋くん。

 声を押し殺して泣いてる千尋くんを落ち着かせるよう背中を摩って、足首の枷をピッキングで開けた。


 もう、大丈夫。

 これで、帰れる。

 ────ほんの一瞬、油断してしまった。

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