離婚後、全てを失った私が、あの財閥御曹司に溺愛されるまで

第16話 私を庇う彼

「どのイケメン見てるの?」結衣が私の目線を追い、にやりと笑う。

私はうつむきながら、小声で答えた。
「あの日、病院に送ってくれた人が、ここにいるみたい。」

「誰? もしかして、白シャツ着てて、なかなかイケメンで、タバコ吸ってるあの人?」結衣は興味津々に目を輝かせ、私の視線をたどった。

桐生宗介――その名を聞くだけで、心臓がちょっとだけドキドキする。
彼はただのイケメンじゃない。存在そのものが、強烈なオーラを放っている。結衣が一目で彼を見つけたのも無理はない。

私は小さく頷いたその瞬間、結衣は勢いよく私を引っ張りながら、桐生の方へ突き進んで行った。

「結衣、ちょっと待って! 彼とはそんなに親しくないんだって!」私は必死に彼女を止めようとするが、結衣の力にはかなわない。柔道をやっていたせいで、彼女の力は半端ないのだ。

「何が怖いのよ。 知り合いなんだから、挨拶くらいしなよ!」結衣はにっこり笑って振り返った。

結局、私は引きずられるようにその場に辿り着く。桐生宗介がいる場所に。

「イケメンさん、久しぶり!」結衣はまるで昔からの知り合いのように、桐生に声をかけた。

私はその場で立ち尽くしていた。会ったことはあるけれど、こんな状況でどう話しかけたらいいのか全然わからない。

その時、ソファに座っていた桐生宗介が、ふと顔を上げて、私と目が合った。
心臓が跳ね上がる。

予想外のタイミングで、私の体がぐらついて、結衣が私を後ろから押した瞬間、バランスを崩して桐生の腕の中に倒れ込んでしまった。

桐生の強い腕が私をしっかりと支えてくれた。近くで感じる彼の男性的な香りに、私の顔は一気に熱くなる。

「すみません、旧友と会うとつい…」結衣がにこやかに周りの人たちに言った。

私は恥ずかしさで顔が真っ赤になり、すぐに離れたかったけど、桐生はその手を離さず、逆に私をぐっと引き寄せてきた。彼の顔が私の耳元に迫り、息がかかりそうな距離で低い声で言った。

「まだ怒ってるの? そろそろ許してよ。」

その声が低く、しっとりと耳に響いて、周囲の全員に聞こえてしまった。私は完全に動揺して、顔がさらに熱くなる。

「この方は?」 「彼女だ。」
桐生宗介はためらうことなく答え、場にいた全員が驚いた。
もちろん、結衣も、私自身も。
その中年男性は驚いた後、隣に座っていた女性を惜しむように見て、一言言った。 「うちの娘、やっぱり間に合わなかったか。」

私はその時やっと理解した。彼らは自分の娘を桐生宗介に売り込もうとしていたのに、桐生宗介が私を盾にしているのだ。
すると、隣にいたハゲ男性が、私に向かって不意に尋ねた。「失礼しますが、どこの家のお嬢様ですか?」

その質問に、私は答えられない。だって、私は普通の女だし、桐生に恥をかかせたくないから。

桐生はタバコの煙を消し、何気なく私の手を握ったまま、にっこりと微笑んだ。「彼女は将来の妻だ。」

その言葉に、私は一瞬ドキドキしてしまった。もちろん、彼が冗談を言っているのは分かっているけれど、でも心臓が跳ねるのを抑えられなかった。

桐生の強引な態度で、周囲の好奇心や嫉妬を一瞬で封じ込め、場は一時的に気まずくなった。しかし、中年の男性が気まずさを打破するために笑いながら一杯の酒を差し出してくれ、ようやく空気が和んだ。

私の中で疑問が膨らむ。桐生宗介、いったい何者なんだろう? 彼はどんな仕事をしているんだろう?

彼らの会話を盗み聞きしようと思ったけど、結局、私が得られた情報は全くなかった。ただただ無駄話が続くばかり。

その後、二人の男性は何度も桐生にお酒を勧めて、彼は一切断らず受け入れた。でも、私の手を離すことはなかった。

化粧室に行くことにした私は、スマホを見ている結衣に声をかけた。「一緒に行こう。」彼女の性格なら、私と桐生の関係が気になって仕方ないだろうから、きっとついてきたがるだろう。

案の定、少し歩いたところで、結衣が来た。「教えて、何があったの? まさか、こんな関係だったの?」

私はため息をつきながら言う。「彼が私をお見合いの盾にしてるってわからないわけないでしょ?」

「そうなの? 演技でもそんなに自然にできるもん? あなたを見ている彼の目、演技にしては本物すぎるよ。」

「それは、彼の演技力がすごいから。」私は苦笑いしながら答える。

結局、私が桐生宗介と本当に何もないと言い続けたことで、結衣は納得してくれた。

化粧室から戻ると、私は思わず足を止めた。

不意に目に入ったのは、壁に女性を押しつけてキスをしている悠人の姿だった。それは、私の合法的な夫だった。
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