離婚後、全てを失った私が、あの財閥御曹司に溺愛されるまで

第7話 真実に震えた夜

スマホを彼に返し、私は顔を横に向けたまま何も言えなかった。
桐生宗介はただ無言でタバコに火をつけた。

車は山道を抜けて街中に入り、やがてある建物の前で停まった。
「病院に行ったほうがいい。」
ハンドルを握る桐生宗介が静かにそう告げる。

車窓の外を見ると、そこは仁徳病院だった。
しかし、私はすぐに首を振る。
「大丈夫です、家に帰りたいです。」

仁徳病院は悠人の職場であり、私自身の勤務先でもある。この姿を同僚や知り合いに見られるなんて絶対に嫌だ。

桐生宗介は車を発進させることなく、タバコをくわえたまま私を見ていた。私が拒む姿勢を察したのか、タバコの吸い殻を灰皿に捨て、無言で車を再び走らせた。

マンションの前に到着すると、座席に赤いシミができているのが目に入り、恥ずかしくなった。
「本当にごめんなさい。洗車代、必ずお支払いします。」
そう頭を下げると、彼は軽く笑った。

その笑い声がまるで私を信じていないと言っているように感じ、私は慌てて更に言った。
「本当です!ここで待っていてください。すぐに家からお金を持ってきます!」

しかし、彼は少し目を細め、何かを考えるようにしながら、ハンドルに指をトントンと当てた。そして少し間を置いて、ゆっくりと口を開く。
「俺が送った以上、洗車代なんて気にしてない。けど、一つだけ忠告だ。病院に行け。女の体は大事にしないと、後で後悔することになる。」

その言葉と真剣な眼差しに、思わず涙がにじんだ。
この瞬間、私は目の前のこの男が良い人だと確信した。
――私の体だけでなく、心までも傷つけた悠人とは違う。

家に帰り、まず目に飛び込んできたのは結婚写真だった。
写真の中で、悠人は優しく微笑み、私も満面の笑みを浮かべている。
……今となっては何と虚しい写真だろう。

私は悠人が戻ってくる前に家を出ようと、急いで着替え、最低限の荷物をまとめ始めた。
その時、「バタン」という音が書斎から聞こえた。

あの音が妙に気になり、私は書斎のドアの前に立つ。
――あの部屋には、悠人の本当の姿が隠されているのかもしれない。

ドアノブに手をかけると、体がこわばった。
たかがドアを開けるだけなのに、全身の力を振り絞らないと動けない。
勇気を振り絞って中に入ると、書斎は静かで薄暗かった。風で揺れるカーテンの音が空気を震わせるだけだ。

床を見ると、本棚の前に一冊の本が落ちていた。
さっきの音の正体はこれだったのか。

その時、外から車のエンジン音が聞こえた。窓から覗くと、悠人の車がマンションの前に停まったのが見えた。

私は急いで部屋を飛び出し、エレベーターに向かった。
しかし、すでにエレベーターが動いていることを示すランプが点灯していた。悠人と合わせするのを避けるため、非常階段に身を隠した。

しばらくすると、エレベーターが到着する音が聞こえ、悠人の足音が響いた。彼は部屋に入ったようだ。

私は階段の陰からそっと彼の部屋を伺った。すると、閉じたドア越しに微かな声が聞こえた。
――あの声……。

心臓が鼓動を速め、呼吸が浅くなる。

――真実を知りたい……。

ドアに耳を押し当てたその瞬間、聞こえた言葉に全身が震え、叫びそうになるのを必死でこらえた――。
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