この恋は演技
4・恋人レッスン
土曜日、紗奈は自室で鏡を覗き込んでため息を吐いた。
(なんだか、どんどん変なことになってきている気がする)
香里の駆け落ちを手伝ったことに後悔はないし、悠吾に危ないところを助けてもらったことには感謝している。
だけどその結果、彼の恋人役を演じることになったこの状況には混乱しかない。
(古賀部長の話、半分は同情だよね)
彼が見合いを破談にするために恋人役を頼める人を探していたのは本当のことなのだろう。でもバイト代の額や、その役目をかなり強引に紗奈に押し付けたのは、悠吾の優しさだ。
あの時彼に『君が一番に大事にしたいのは、弟の将来なんじゃないのか?』と、問われて、彼の気遣いを理解した。だから覚悟を決めることができたのだ。
そんな悠吾には、今日の予定を開けておくように言われた。
基本週末は家にいるだけだから、一方的に予定を入れられることには問題ないのだけど、恋人いない歴がそのまま実年齢の紗奈としては、『デート』という言葉に必要以上に緊張してしまう。
(部長は深い意味もなく、その言葉を使ったんだろうけど……)
見るからに女性にモテそうな悠吾とは、言葉に対する重みが違うのだ。
だから頭の冷静な部分ではただのバイトとわかっていても、服やら髪型やらが気になってしまう。
結局、たいしたワードローブもないので、先週香里の身代わりをした際に貰い受けたワンピースを着ることにした。
眼鏡をコンタクトに変え、髪を下ろして、いつもはベースメイクに眉を描くだけのメイクもできる限り頑張ってみた。
先週、悠吾にバイトのことがバレないようにと慌てて髪を染め直したけど、自分で染めたためやり方が間違っていたのか、徐々に黒が抜けて明るい髪色に戻っているのでちょうどいい。
鏡に写る自分は、それなりに可愛く仕上がったつもりである。とはいえ、自分なんかが悠吾と釣り合うとは思えない。
「土台が私なんだから、これ以上はどうしようもないよね」
自分の姿を確認してそんなことを唸っていると、放置していたスマホが震えた。画面を開くと、悠吾からのメッセージで、紗奈のアパートの前に到着したとある。
すぐに行きますとメッセージを返して、紗奈は部屋を出た。
表に出ると、年期を感じさせるアパートには場違いな高級車が止まっているのが見えた。
「お待たせしてすみませ……ん」
アパートの道路に止めてある車に背中を預けて佇む悠吾の姿に、紗奈は言葉尻を飲み込む。
休日のため、今日の悠吾はスーツ姿ではなく、スッキリしたシルエットの黒のボトムスに、上は薄手の黒のニットに千鳥格子のアウターを合わせている。
シンプルなのに地味な印象を与えない着こなし術に、お洒落上級者の余裕を感じる。高級車として知られるドイツ車は、もちろん彼のものなのだろう。
(色々と住む世界が違いすぎる)
バイトとはいえ、こんな完璧御曹司の恋人役が自分なんかでいいだろうか。今さらながらに、無謀な決断をした自分を恨みたくなる。
「いや。俺の方が約束の時間より早く着いてしまっただけだ」
紗奈の胸の内に気付かない悠吾は、当然のように助手席のドアを開けてくれる。
「えっと……あの……」
なにをどうすればいいのかわからず戸惑っていると、彼が左手をこちらに差し出す。
おずおずしながらも紗奈がその手を掴むと、悠吾はダンスのリードをするような動きで紗奈を助手席へと誘導した。座る際には、「頭をぶつけないよう気をつけて」と声をかけ、シートベルトまで留めてくれる。
自分で言うのは恥ずかしいけど、王子様のエスコートを受けているお姫様気分だ。
慣れない扱いに紗奈がドギマギしている隙に、悠吾は運転席に乗り込む。
たぶんエンジンをかけたのだろ。悠吾がハンドル脇のボタンに指を触れさせると、車内モニターが明るくなり、座席がほんのり温かくなりだす。
紗奈は免許を持っておらず車に乗り慣れていないだけに、ゆったりとした車内や、革張りのシートの座り心地のよさにいちいち感心させられる。
「どこに行きたい?」
運転席と助手席の間にあるパネルを操作しながら悠吾が聞く。
そんな普通のカップルのデートのようなことを聞かれても困る。
「お見合い相手のところに行くんじゃないんですか?」
紗奈が不思議そうな顔をする。
「彼女に会うのは、夕方のパーティーの席でだ。ふたりの関係をあやしまれないよう、軽くデートをして、それなりに親睦を深めておいた方がいいだろ」
今は午前九時。かなり早い集合時間は、そういう目的があってのことらしい。
「なるほど」
確かに、悠吾の王子様ぶりに緊張しっぱなしの紗奈では、彼の恋人を名乗るのには無理がある。
理解を示すと、悠吾はもう一度「どこに行きたい?」と聞いてくる。
「俺はとくに行きたい場所もないから、君が普段デートに行く場所でかまわない」
そう言われても、どう答えればいいかわからない。
「すみません。今までデートしたことがないので、どこに行けばいいのかわからないです」
「え? 一度も?」
紗奈の言葉に、悠吾が心底驚いた顔をする。
「学生時代は勉強とバイトが忙しかったし。就職してからは、仕事のかたわら家事や弟の世話をしていたから、友だちと時々お茶やランチをするのが最大限の贅沢で、誰かとデート……というか、遊びに行く余裕がなかったんです」
もともと時々外泊をすることが多かった上、昼夜逆転の生活をしている母の明奈は、紗奈が就職した頃から家事を全くしなくなった。お金の使い込みが発覚して以降は、家に近付かないので全ての家事は紗奈が担っている。
慶一が手伝おうとしてくれるけど、今は大事な時期なので勉強に専念してもらいたい。
そこまで話すと湿っぽくなるので、「時間があっても、私じゃ恋人なんてできなかったと思いますけど」と、自虐ネタで終わらせる。
「悪かったな」
「え?」
「初めてのデートの相手が俺で」
そう話す彼は、本当に申し訳なさそうな顔をしている。そこには、普段オフィスで見せる『冷徹御曹司』の面影は微塵もない。
「そ、そんな……。私なんかじゃ恋人もできないでしょうから、こういうことでもなければデートする機会もなかったと思います」
紗奈は顔の前で手をバタバタさせながら言う。
その言葉に悠吾は「そんなことないだろ」と、社交辞令を返してくれるけど、恥ずかしいので無視しておく。
「とにかくそんなわけで、どこに行けばいいのか見当もつかないので、行き先は部長にお任せします」
「なるほど」
軽く頷いて悠吾はスマホを操作する。
どうやらスマホと車のナビが連動しているらしく、彼が数回スマホ画面をタップすると車のナビが起動して目的地までの所与時間を告げる。
混雑のため四十分ほどかかる目的地の名称を見て、紗奈は小さく声を漏らした。
「どうかしたか?」
車をゆっくり発信させる悠吾が、チラリと怪訝な眼差しをこちらに向ける。
「いえ。行ってみたいと思っていた場所だったので」
紗奈が正直に言うと、悠吾は「それはよかった」と、緩く笑う。その横顔に、社内の気温が微かに上昇したような気がするのは、ただの錯覚だろうか。
「部長は行ったことあるんですか?」
なんだか落ち着かない。気持ちをまぎらわしたくて、紗奈が聞く。
「俺も行ったことないよ」
そう答える悠吾の表情が、なにかもの言いたげだ。
紗奈が首をかたむけると、悠吾が言う。
「それで君は、いつまで俺を『部長』と呼ぶつもりだ?」
「あっ!」
そう言われて気がついた。彼の恋人役を務めるのであれば、確かに役職で呼ぶのは変だろう。
「えっと……じゃあ『古賀さん』?」
「恋人なのに? 俺も君のことを呼び捨てにさせてもらっているんだから、俺のことも下の名前を呼び捨てにしてもらってかまわないぞ」
「それは、ちょっと……」
相手は自社の御曹司様なのだ。紗奈なんかが、おいそれと呼び捨てにしていいわけがない。
結局、名前に『さん』を付けて呼ぶことで納得してもらった。
「悠吾さん」
初めての食材を口にするように、ぎこちなく口を動かして名前を呼ぶと、彼は仕方ないといった感じで頷く。
「恋人役を演じてもらうなら、その方が自然だ」
「確かにそうですね」
これはバイトなのだから。そう自分に言い聞かせても、弟以外の男性を名前呼びしたことがないので、なんとも落ち着かない。
そんな戸惑いが透けて見えたのか、悠吾が言う。
「先にデートの予定を入れておいて正解だったな」
確かにそのとおりだ。
下の名前を呼ぶだけでこんなにぎこちなくなってしまうのだから、疑似デートをして少しは彼に慣れておかないと、すぐに偽物の恋人と見抜かれてしまうだろう。
「ホテルで食事をしている姿を見掛けた時には、もっとそれらしく振る舞っているように見えたんだがな」
「あれは、友だちのマネをしていただけだから」
紗奈が困り顔をすると、悠吾はまあいいかと頷く。
「本番に強いタイプだと信じているから、よろしく頼む」
妙な期待をされて荷が重いけど、今更断るわけにもいかないのだから、頑張るしかない。
しかし……。
「どうかしたか?」
紗奈がなんともいえない眼差しを向けていると、悠吾がそれに気付いて聞く。
「なんて言うか、ぶ……悠吾さんの雰囲気が、普段とあまりにも違うから」
それは先日も思ったことだ。
オフィスで見かける彼は、まさに『冷徹御曹司』といった感じで、仕事ができる分、人間としての隙を感じさせない冷たい雰囲気があった。
だけど自称を『私』から『俺』に変えて、紗奈の隣で笑う彼は、朗らかで人間味に溢れている。
(ついでに言うと、男の色気も)
やけに心臓がドキドキしてしまうのは、そのせいなのだろう。普段とのギャップがありすぎて、妙に落ち着かない。
「キャラが違いすぎて、対応に困ります」
感じていることを、そのまま正直に伝えると、悠吾が何気ない口調で返す。
「ビジネスの場で素を出しても、面倒なだけだろ。会社での俺は、組織の歯車でしかないんだから、個人の感情なんて不要だ」
紗奈のような一般社員と違い、古賀建設の未来を担う彼の立場では仕方ないのかもしれないけど、その意見にはなんとも言えない寂しさを覚える。
そんなふうに感じるのは、自称を『私』から『俺』に切り替えた時の悠吾の方が、人間味があって好感が持てるからだ。
「でしたら、プライベートの今日は、ただの古賀悠吾さんとして楽しみましょうね」
仕事における彼の振る舞いについて、紗奈に口出しをする権利はない。だけど、演技とはいえ、彼の恋人役を務める自分としてならそのくらいのことを言っていいだろう。
そう思って投げかけた言葉に、悠吾は面食らったような顔をした。でもすぐに、硬く結んでいた紐が解けていくように表情を柔らげる。
「そうだな。せっかくのデートだ。思う存分楽しむとしよう」
頷く彼は心なし車の速度を上げて、目的地へと向かう。
◇◇◇
悠吾が紗奈を案内したのは、商業ビルの高層階にある水族館だった。
目的地をそこに定めたことに、特段の理由はない。たまたま最近、テレビでこの場所が紹介されていたからだ。
デートはおろか、ろくにレジャーを楽しむ余裕もなく育った彼女に、そこで紹介されていた空を飛ぶように泳ぐペンギンを見せてやりたいと思ったからだ。
だがいざ水族館に足を踏み入れると、彼女の足は、その手前にあるクラゲの展示スペースで止まっていた。
「宇宙って、こんな感じでしょうか?」
額をアクリルガラスにくっつけんばかりに顔を寄せて、漂うミズクラゲを見つめて紗奈が言う。
「絶対違うだろ」
宇宙空間にこんなものが漂っていたら、宇宙飛行士が迷惑だろう。
悠吾の冷静なツッコミに気を悪くする様子もなく、紗奈はキラキラした眼差しをクラゲに向けている。
(なんというか……)
他の展示スペースに比べて格段にうす暗い空間で、青白く浮かび上がる紗奈の横顔を観察する。
普段、フレームのしっかりした眼鏡に、お団子ヘアの紗奈だが、今日は眼鏡をコンタクトに変え髪も下ろしている。
ここまで来る道中の雑談の一つとして、普段の装いは、彼女の好みではなく、コスパ重視で選択した結果なのだと聞かされた。
コンタクトに比べて眼鏡は維持費がかからない。髪は極力自分でカットして、毛先の乱れをごまかすためにお団子ヘアにする。服も同様に、着回しがきくことに重きを置いて選んでいるという。
そうやって生活を切り詰め、自分の奨学金の返済をするかたわら、家計も支えている。
話しだけを聞くと、かなりの苦労人のように思えるのだが、それを話す紗奈はいたって明るい。
まるでゲームの裏技を披露するように、節約術を語ってくれた。
そんな話しを聞かされたせいか、初めて訪れた水族館で表情を輝かせている紗奈を見ていると、なぜだかこちらまでうれしくなる。
それでつい、水槽ではなく彼女の横顔ばかり眺めていたら、視線が気になったのか紗奈がこちらを見た。
「あっ……すみません。退屈ですか?」
気まずそうに手をもじもじさせながら紗奈が聞く。
「いや。べつに」
その言葉に嘘はない。
子供のように素直な反応を見せる紗奈の横顔は、不思議なほど見飽きないのだ。
(飽きるどころか、ずっと見ていたい)
そう思うのは、先ほど彼女に投げかけられた言葉のせいもあるのだろう。
(プライベートの今日は、ただの古賀悠吾さんとして楽しみましょうね……)
先ほどの紗奈の台詞を思い出し、耳たぶを揉む。
社員はおろか、家族にでさえ、そんなことを言ってもらえたことはない。というか悠吾の場合、家族こそ、彼にそんな言葉をかけるようなことはしない。
彼女のその言葉がことさら胸に響くのは、幼い悠吾に祖父が投げかけた『家のために、お前を産むことを許してやった』という言葉が、今の自分の心に深く根を張っているからだろう。
古賀建設を反映させ、次の世代に引き継がせるために自分はいる。
呪いにも近い感覚で祖父に言い続けられた言葉が、悠吾の行動の指針になっているからこそ、さっきの紗奈の言葉に胸が浮き立つような喜びを覚えたのだ。
その時胸に沸いた感情をどう扱えばいいのかわからず黙っていると、紗奈が水槽に視線を戻して言う。
「ところで、私、すごいことを発見したんです」
「発見?」
「クラゲの背中の模様、一匹ずつ違うんですよ」
紗奈はそう言いながら、指を四つ葉のクローバーを描くように動かす。視線と指の動きで、ミズクラゲのカサの部部にある模様だとわかる。
「ほら、あの子なんて、五つ葉なんですよ。すごくないですか?」
模様を説明するのに『五つ葉』という言葉を使うところを見ると、彼女の中であの模様は四つ葉のクローバーとして認識されているのかもしれない。
ちなみに紗奈が『模様』と呼んでいるそれは、確かミズクラゲの胃だったと思うが、それは黙っておく。
「どれ?」
そう言いながら、少し膝を曲げて彼女と視線の高さを同じにする。すると確かに、水槽の奥の方に、五つ葉模様のクラゲが見える。
泳ぐというほどの速度ではない緩やかな動きで、クラゲは身をひるがえし水の中を浮遊していく。
さっきは紗奈の意見を否定したが、薄暗い水槽の中、光を内包させて漂うその姿は無重力空間を連想させ、見ている人の心を和ませる。
「あっ!」
悠吾の隣で、突然紗奈が声をあげた。
どうしたのかと視線を向けると、紗奈がうれしそうに言う。
「あの子、ハート模様です」
そう言って指さす先には、クラゲが密集している。
「どれ?」
どのクラゲを示しているのかわからず悠吾が聞くと、紗奈は「あの子です」と、声を弾ませながら指をゆっくり移動させいく。
彼女に見えているものが、自分には見えていない。それがなんだか悔しくて、水槽を睨むように目を凝らす。
そうやって紗奈の指の動きに合わせて視線を動かして、ついにハート模様のクラゲを見つけた。
「あれか」
「わかりました?」
お互いに声を弾ませて、相手の方を見た。
その瞬間、視界いっぱいに目を丸くした紗奈の顔が飛びこんでくる。
お互いクラゲを探すのに夢中で、今にも触れ合えそうなほど近くに顔が迫っていることに気がついていなかったのだ。
もう少し首を動かせばキスができる距離で見つめ合うこと数秒、見えない糸に引き寄せられるように悠吾が顔を動かしかけた時、紗奈がハッとした表情で肩を跳ねさせる。
「す、すみませんっ!」
手をバタバタさせながら、紗奈が背中を反らせる。
「危ない」
慌てて距離を取ろうとした彼女の体が、大きく後ろに傾くのを見て、悠吾は慌てて腕を伸ばした。
片手で紗奈の肘を掴み、もう一方の腕を彼女の背中に回す。
そうやって後ろに傾く彼女の体を自分の方に引き寄せると、華奢な紗奈の体は、悠吾の腕の中にすっぽりと収まってしまう。
こんな小さな体に、たくさんの苦労を背負い込んでいるのだと思うと、どうしようもないせつなさがこみ上げてくる。
自分の鼻先に彼女の髪が触れ、柔軟剤かヘアオイルの甘い香りが鼻孔を掠める。その香りをいつまでも感じていたくて悠吾は、両腕を紗奈の背中に回した。
「あの……悠吾さん、もう大丈夫です」
紗奈が腕の中で身じろぎをする。
そう言われて腕の力を弱めると、困ったような顔をしてこちらを見上げる彼女と目が合った。
「すまない。君がそのままひっくり返るかと思って焦ったものだから」
そう言って腕を離すと、紗奈は「ありがとうございます」とお礼を言って距離を取る。
「私も、そのまま転ぶかと思いました」
紗奈は照れた表情で髪を掻き上げる。その頬が赤く感じるのは気のせいだ。なにせここは薄暗いのだから、そこまでわかるはずがない。
「そろそろ、他の場所も見に行きませんか?」
紗奈はそう言って歩き出す。
「そうだな」
返事をして歩き出す悠吾は、すかさず紗奈の手を握る。
「悠吾さん」
手を握られたことに驚く紗奈がこちらを見上げてきた。そんな彼女に、悠吾は澄ました顔で言う。
「この方が、デートらしいだろ?」
その言葉に、少し視線をさまよわせた後で紗奈はコクリと頷く。
もしかしたら内心では、迷惑に思われているのかもしれない。そんな不安が頭をよぎって「また転ぶと危ないからな」と、付け足してそのまま歩き出す。
だがそんなのは嘘だ。
今の自分は無性に、紗奈に触れていたいと思った。
苦労をしているはずなのに、屈託がなく、心根の優しい彼女を自分の手の届く場所に留めておきたい。
そんなことを思いながら、悠吾は紗奈の手を引いて歩いた。
(なんだか、どんどん変なことになってきている気がする)
香里の駆け落ちを手伝ったことに後悔はないし、悠吾に危ないところを助けてもらったことには感謝している。
だけどその結果、彼の恋人役を演じることになったこの状況には混乱しかない。
(古賀部長の話、半分は同情だよね)
彼が見合いを破談にするために恋人役を頼める人を探していたのは本当のことなのだろう。でもバイト代の額や、その役目をかなり強引に紗奈に押し付けたのは、悠吾の優しさだ。
あの時彼に『君が一番に大事にしたいのは、弟の将来なんじゃないのか?』と、問われて、彼の気遣いを理解した。だから覚悟を決めることができたのだ。
そんな悠吾には、今日の予定を開けておくように言われた。
基本週末は家にいるだけだから、一方的に予定を入れられることには問題ないのだけど、恋人いない歴がそのまま実年齢の紗奈としては、『デート』という言葉に必要以上に緊張してしまう。
(部長は深い意味もなく、その言葉を使ったんだろうけど……)
見るからに女性にモテそうな悠吾とは、言葉に対する重みが違うのだ。
だから頭の冷静な部分ではただのバイトとわかっていても、服やら髪型やらが気になってしまう。
結局、たいしたワードローブもないので、先週香里の身代わりをした際に貰い受けたワンピースを着ることにした。
眼鏡をコンタクトに変え、髪を下ろして、いつもはベースメイクに眉を描くだけのメイクもできる限り頑張ってみた。
先週、悠吾にバイトのことがバレないようにと慌てて髪を染め直したけど、自分で染めたためやり方が間違っていたのか、徐々に黒が抜けて明るい髪色に戻っているのでちょうどいい。
鏡に写る自分は、それなりに可愛く仕上がったつもりである。とはいえ、自分なんかが悠吾と釣り合うとは思えない。
「土台が私なんだから、これ以上はどうしようもないよね」
自分の姿を確認してそんなことを唸っていると、放置していたスマホが震えた。画面を開くと、悠吾からのメッセージで、紗奈のアパートの前に到着したとある。
すぐに行きますとメッセージを返して、紗奈は部屋を出た。
表に出ると、年期を感じさせるアパートには場違いな高級車が止まっているのが見えた。
「お待たせしてすみませ……ん」
アパートの道路に止めてある車に背中を預けて佇む悠吾の姿に、紗奈は言葉尻を飲み込む。
休日のため、今日の悠吾はスーツ姿ではなく、スッキリしたシルエットの黒のボトムスに、上は薄手の黒のニットに千鳥格子のアウターを合わせている。
シンプルなのに地味な印象を与えない着こなし術に、お洒落上級者の余裕を感じる。高級車として知られるドイツ車は、もちろん彼のものなのだろう。
(色々と住む世界が違いすぎる)
バイトとはいえ、こんな完璧御曹司の恋人役が自分なんかでいいだろうか。今さらながらに、無謀な決断をした自分を恨みたくなる。
「いや。俺の方が約束の時間より早く着いてしまっただけだ」
紗奈の胸の内に気付かない悠吾は、当然のように助手席のドアを開けてくれる。
「えっと……あの……」
なにをどうすればいいのかわからず戸惑っていると、彼が左手をこちらに差し出す。
おずおずしながらも紗奈がその手を掴むと、悠吾はダンスのリードをするような動きで紗奈を助手席へと誘導した。座る際には、「頭をぶつけないよう気をつけて」と声をかけ、シートベルトまで留めてくれる。
自分で言うのは恥ずかしいけど、王子様のエスコートを受けているお姫様気分だ。
慣れない扱いに紗奈がドギマギしている隙に、悠吾は運転席に乗り込む。
たぶんエンジンをかけたのだろ。悠吾がハンドル脇のボタンに指を触れさせると、車内モニターが明るくなり、座席がほんのり温かくなりだす。
紗奈は免許を持っておらず車に乗り慣れていないだけに、ゆったりとした車内や、革張りのシートの座り心地のよさにいちいち感心させられる。
「どこに行きたい?」
運転席と助手席の間にあるパネルを操作しながら悠吾が聞く。
そんな普通のカップルのデートのようなことを聞かれても困る。
「お見合い相手のところに行くんじゃないんですか?」
紗奈が不思議そうな顔をする。
「彼女に会うのは、夕方のパーティーの席でだ。ふたりの関係をあやしまれないよう、軽くデートをして、それなりに親睦を深めておいた方がいいだろ」
今は午前九時。かなり早い集合時間は、そういう目的があってのことらしい。
「なるほど」
確かに、悠吾の王子様ぶりに緊張しっぱなしの紗奈では、彼の恋人を名乗るのには無理がある。
理解を示すと、悠吾はもう一度「どこに行きたい?」と聞いてくる。
「俺はとくに行きたい場所もないから、君が普段デートに行く場所でかまわない」
そう言われても、どう答えればいいかわからない。
「すみません。今までデートしたことがないので、どこに行けばいいのかわからないです」
「え? 一度も?」
紗奈の言葉に、悠吾が心底驚いた顔をする。
「学生時代は勉強とバイトが忙しかったし。就職してからは、仕事のかたわら家事や弟の世話をしていたから、友だちと時々お茶やランチをするのが最大限の贅沢で、誰かとデート……というか、遊びに行く余裕がなかったんです」
もともと時々外泊をすることが多かった上、昼夜逆転の生活をしている母の明奈は、紗奈が就職した頃から家事を全くしなくなった。お金の使い込みが発覚して以降は、家に近付かないので全ての家事は紗奈が担っている。
慶一が手伝おうとしてくれるけど、今は大事な時期なので勉強に専念してもらいたい。
そこまで話すと湿っぽくなるので、「時間があっても、私じゃ恋人なんてできなかったと思いますけど」と、自虐ネタで終わらせる。
「悪かったな」
「え?」
「初めてのデートの相手が俺で」
そう話す彼は、本当に申し訳なさそうな顔をしている。そこには、普段オフィスで見せる『冷徹御曹司』の面影は微塵もない。
「そ、そんな……。私なんかじゃ恋人もできないでしょうから、こういうことでもなければデートする機会もなかったと思います」
紗奈は顔の前で手をバタバタさせながら言う。
その言葉に悠吾は「そんなことないだろ」と、社交辞令を返してくれるけど、恥ずかしいので無視しておく。
「とにかくそんなわけで、どこに行けばいいのか見当もつかないので、行き先は部長にお任せします」
「なるほど」
軽く頷いて悠吾はスマホを操作する。
どうやらスマホと車のナビが連動しているらしく、彼が数回スマホ画面をタップすると車のナビが起動して目的地までの所与時間を告げる。
混雑のため四十分ほどかかる目的地の名称を見て、紗奈は小さく声を漏らした。
「どうかしたか?」
車をゆっくり発信させる悠吾が、チラリと怪訝な眼差しをこちらに向ける。
「いえ。行ってみたいと思っていた場所だったので」
紗奈が正直に言うと、悠吾は「それはよかった」と、緩く笑う。その横顔に、社内の気温が微かに上昇したような気がするのは、ただの錯覚だろうか。
「部長は行ったことあるんですか?」
なんだか落ち着かない。気持ちをまぎらわしたくて、紗奈が聞く。
「俺も行ったことないよ」
そう答える悠吾の表情が、なにかもの言いたげだ。
紗奈が首をかたむけると、悠吾が言う。
「それで君は、いつまで俺を『部長』と呼ぶつもりだ?」
「あっ!」
そう言われて気がついた。彼の恋人役を務めるのであれば、確かに役職で呼ぶのは変だろう。
「えっと……じゃあ『古賀さん』?」
「恋人なのに? 俺も君のことを呼び捨てにさせてもらっているんだから、俺のことも下の名前を呼び捨てにしてもらってかまわないぞ」
「それは、ちょっと……」
相手は自社の御曹司様なのだ。紗奈なんかが、おいそれと呼び捨てにしていいわけがない。
結局、名前に『さん』を付けて呼ぶことで納得してもらった。
「悠吾さん」
初めての食材を口にするように、ぎこちなく口を動かして名前を呼ぶと、彼は仕方ないといった感じで頷く。
「恋人役を演じてもらうなら、その方が自然だ」
「確かにそうですね」
これはバイトなのだから。そう自分に言い聞かせても、弟以外の男性を名前呼びしたことがないので、なんとも落ち着かない。
そんな戸惑いが透けて見えたのか、悠吾が言う。
「先にデートの予定を入れておいて正解だったな」
確かにそのとおりだ。
下の名前を呼ぶだけでこんなにぎこちなくなってしまうのだから、疑似デートをして少しは彼に慣れておかないと、すぐに偽物の恋人と見抜かれてしまうだろう。
「ホテルで食事をしている姿を見掛けた時には、もっとそれらしく振る舞っているように見えたんだがな」
「あれは、友だちのマネをしていただけだから」
紗奈が困り顔をすると、悠吾はまあいいかと頷く。
「本番に強いタイプだと信じているから、よろしく頼む」
妙な期待をされて荷が重いけど、今更断るわけにもいかないのだから、頑張るしかない。
しかし……。
「どうかしたか?」
紗奈がなんともいえない眼差しを向けていると、悠吾がそれに気付いて聞く。
「なんて言うか、ぶ……悠吾さんの雰囲気が、普段とあまりにも違うから」
それは先日も思ったことだ。
オフィスで見かける彼は、まさに『冷徹御曹司』といった感じで、仕事ができる分、人間としての隙を感じさせない冷たい雰囲気があった。
だけど自称を『私』から『俺』に変えて、紗奈の隣で笑う彼は、朗らかで人間味に溢れている。
(ついでに言うと、男の色気も)
やけに心臓がドキドキしてしまうのは、そのせいなのだろう。普段とのギャップがありすぎて、妙に落ち着かない。
「キャラが違いすぎて、対応に困ります」
感じていることを、そのまま正直に伝えると、悠吾が何気ない口調で返す。
「ビジネスの場で素を出しても、面倒なだけだろ。会社での俺は、組織の歯車でしかないんだから、個人の感情なんて不要だ」
紗奈のような一般社員と違い、古賀建設の未来を担う彼の立場では仕方ないのかもしれないけど、その意見にはなんとも言えない寂しさを覚える。
そんなふうに感じるのは、自称を『私』から『俺』に切り替えた時の悠吾の方が、人間味があって好感が持てるからだ。
「でしたら、プライベートの今日は、ただの古賀悠吾さんとして楽しみましょうね」
仕事における彼の振る舞いについて、紗奈に口出しをする権利はない。だけど、演技とはいえ、彼の恋人役を務める自分としてならそのくらいのことを言っていいだろう。
そう思って投げかけた言葉に、悠吾は面食らったような顔をした。でもすぐに、硬く結んでいた紐が解けていくように表情を柔らげる。
「そうだな。せっかくのデートだ。思う存分楽しむとしよう」
頷く彼は心なし車の速度を上げて、目的地へと向かう。
◇◇◇
悠吾が紗奈を案内したのは、商業ビルの高層階にある水族館だった。
目的地をそこに定めたことに、特段の理由はない。たまたま最近、テレビでこの場所が紹介されていたからだ。
デートはおろか、ろくにレジャーを楽しむ余裕もなく育った彼女に、そこで紹介されていた空を飛ぶように泳ぐペンギンを見せてやりたいと思ったからだ。
だがいざ水族館に足を踏み入れると、彼女の足は、その手前にあるクラゲの展示スペースで止まっていた。
「宇宙って、こんな感じでしょうか?」
額をアクリルガラスにくっつけんばかりに顔を寄せて、漂うミズクラゲを見つめて紗奈が言う。
「絶対違うだろ」
宇宙空間にこんなものが漂っていたら、宇宙飛行士が迷惑だろう。
悠吾の冷静なツッコミに気を悪くする様子もなく、紗奈はキラキラした眼差しをクラゲに向けている。
(なんというか……)
他の展示スペースに比べて格段にうす暗い空間で、青白く浮かび上がる紗奈の横顔を観察する。
普段、フレームのしっかりした眼鏡に、お団子ヘアの紗奈だが、今日は眼鏡をコンタクトに変え髪も下ろしている。
ここまで来る道中の雑談の一つとして、普段の装いは、彼女の好みではなく、コスパ重視で選択した結果なのだと聞かされた。
コンタクトに比べて眼鏡は維持費がかからない。髪は極力自分でカットして、毛先の乱れをごまかすためにお団子ヘアにする。服も同様に、着回しがきくことに重きを置いて選んでいるという。
そうやって生活を切り詰め、自分の奨学金の返済をするかたわら、家計も支えている。
話しだけを聞くと、かなりの苦労人のように思えるのだが、それを話す紗奈はいたって明るい。
まるでゲームの裏技を披露するように、節約術を語ってくれた。
そんな話しを聞かされたせいか、初めて訪れた水族館で表情を輝かせている紗奈を見ていると、なぜだかこちらまでうれしくなる。
それでつい、水槽ではなく彼女の横顔ばかり眺めていたら、視線が気になったのか紗奈がこちらを見た。
「あっ……すみません。退屈ですか?」
気まずそうに手をもじもじさせながら紗奈が聞く。
「いや。べつに」
その言葉に嘘はない。
子供のように素直な反応を見せる紗奈の横顔は、不思議なほど見飽きないのだ。
(飽きるどころか、ずっと見ていたい)
そう思うのは、先ほど彼女に投げかけられた言葉のせいもあるのだろう。
(プライベートの今日は、ただの古賀悠吾さんとして楽しみましょうね……)
先ほどの紗奈の台詞を思い出し、耳たぶを揉む。
社員はおろか、家族にでさえ、そんなことを言ってもらえたことはない。というか悠吾の場合、家族こそ、彼にそんな言葉をかけるようなことはしない。
彼女のその言葉がことさら胸に響くのは、幼い悠吾に祖父が投げかけた『家のために、お前を産むことを許してやった』という言葉が、今の自分の心に深く根を張っているからだろう。
古賀建設を反映させ、次の世代に引き継がせるために自分はいる。
呪いにも近い感覚で祖父に言い続けられた言葉が、悠吾の行動の指針になっているからこそ、さっきの紗奈の言葉に胸が浮き立つような喜びを覚えたのだ。
その時胸に沸いた感情をどう扱えばいいのかわからず黙っていると、紗奈が水槽に視線を戻して言う。
「ところで、私、すごいことを発見したんです」
「発見?」
「クラゲの背中の模様、一匹ずつ違うんですよ」
紗奈はそう言いながら、指を四つ葉のクローバーを描くように動かす。視線と指の動きで、ミズクラゲのカサの部部にある模様だとわかる。
「ほら、あの子なんて、五つ葉なんですよ。すごくないですか?」
模様を説明するのに『五つ葉』という言葉を使うところを見ると、彼女の中であの模様は四つ葉のクローバーとして認識されているのかもしれない。
ちなみに紗奈が『模様』と呼んでいるそれは、確かミズクラゲの胃だったと思うが、それは黙っておく。
「どれ?」
そう言いながら、少し膝を曲げて彼女と視線の高さを同じにする。すると確かに、水槽の奥の方に、五つ葉模様のクラゲが見える。
泳ぐというほどの速度ではない緩やかな動きで、クラゲは身をひるがえし水の中を浮遊していく。
さっきは紗奈の意見を否定したが、薄暗い水槽の中、光を内包させて漂うその姿は無重力空間を連想させ、見ている人の心を和ませる。
「あっ!」
悠吾の隣で、突然紗奈が声をあげた。
どうしたのかと視線を向けると、紗奈がうれしそうに言う。
「あの子、ハート模様です」
そう言って指さす先には、クラゲが密集している。
「どれ?」
どのクラゲを示しているのかわからず悠吾が聞くと、紗奈は「あの子です」と、声を弾ませながら指をゆっくり移動させいく。
彼女に見えているものが、自分には見えていない。それがなんだか悔しくて、水槽を睨むように目を凝らす。
そうやって紗奈の指の動きに合わせて視線を動かして、ついにハート模様のクラゲを見つけた。
「あれか」
「わかりました?」
お互いに声を弾ませて、相手の方を見た。
その瞬間、視界いっぱいに目を丸くした紗奈の顔が飛びこんでくる。
お互いクラゲを探すのに夢中で、今にも触れ合えそうなほど近くに顔が迫っていることに気がついていなかったのだ。
もう少し首を動かせばキスができる距離で見つめ合うこと数秒、見えない糸に引き寄せられるように悠吾が顔を動かしかけた時、紗奈がハッとした表情で肩を跳ねさせる。
「す、すみませんっ!」
手をバタバタさせながら、紗奈が背中を反らせる。
「危ない」
慌てて距離を取ろうとした彼女の体が、大きく後ろに傾くのを見て、悠吾は慌てて腕を伸ばした。
片手で紗奈の肘を掴み、もう一方の腕を彼女の背中に回す。
そうやって後ろに傾く彼女の体を自分の方に引き寄せると、華奢な紗奈の体は、悠吾の腕の中にすっぽりと収まってしまう。
こんな小さな体に、たくさんの苦労を背負い込んでいるのだと思うと、どうしようもないせつなさがこみ上げてくる。
自分の鼻先に彼女の髪が触れ、柔軟剤かヘアオイルの甘い香りが鼻孔を掠める。その香りをいつまでも感じていたくて悠吾は、両腕を紗奈の背中に回した。
「あの……悠吾さん、もう大丈夫です」
紗奈が腕の中で身じろぎをする。
そう言われて腕の力を弱めると、困ったような顔をしてこちらを見上げる彼女と目が合った。
「すまない。君がそのままひっくり返るかと思って焦ったものだから」
そう言って腕を離すと、紗奈は「ありがとうございます」とお礼を言って距離を取る。
「私も、そのまま転ぶかと思いました」
紗奈は照れた表情で髪を掻き上げる。その頬が赤く感じるのは気のせいだ。なにせここは薄暗いのだから、そこまでわかるはずがない。
「そろそろ、他の場所も見に行きませんか?」
紗奈はそう言って歩き出す。
「そうだな」
返事をして歩き出す悠吾は、すかさず紗奈の手を握る。
「悠吾さん」
手を握られたことに驚く紗奈がこちらを見上げてきた。そんな彼女に、悠吾は澄ました顔で言う。
「この方が、デートらしいだろ?」
その言葉に、少し視線をさまよわせた後で紗奈はコクリと頷く。
もしかしたら内心では、迷惑に思われているのかもしれない。そんな不安が頭をよぎって「また転ぶと危ないからな」と、付け足してそのまま歩き出す。
だがそんなのは嘘だ。
今の自分は無性に、紗奈に触れていたいと思った。
苦労をしているはずなのに、屈託がなく、心根の優しい彼女を自分の手の届く場所に留めておきたい。
そんなことを思いながら、悠吾は紗奈の手を引いて歩いた。