野いちご源氏物語 第一巻 桐壺(きりつぼ)
これからお話しするのはいつの時代のことだったかしら、少し昔のお話よ。

当時の(みかど)——天皇陛下(てんのうへいか)にはたくさんのお(きさき)様がいらっしゃったのだけれど、そのなかにとびきり愛されている方がいらっしゃったの。
その方は、帝のお住まいである内裏(だいり)のなかの、桐壺(きりつぼ)という建物にお住まいだったから、ここでは「桐壺の更衣(こうい)様」とお呼びしましょうか。

更衣というのは、お妃様のなかでは低いご身分(みぶん)なの。
ご実家の父君(ちちぎみ)のご身分がものすごく高ければ女御(にょうご)様で、そこまで高くはない場合は更衣様。
桐壺の更衣様は、他のお妃様たちからひどく嫌われたわ。
だって、女御様たちからすれば「更衣のくせに生意気」だし、他の更衣様たちからすれば「私と同じ低い身分なのに、どうしてあの子だけ」ってなるじゃない?

お妃様たちや、お妃様にお仕えしている女房(にょうぼう)たちからさんざん(うら)まれたせいかしら、体調が悪くなってご実家に戻って過ごされる日が増えたの。
帝は桐壺の更衣様の心細そうなご様子がお気の毒で、ますます愛しいとお思いになる。

帝が一人のお妃様だけを特別に愛するなんて、本当はダメなことよ。
誰からも不満が出ないように、お妃様たちの身分に応じて公平に愛さなければいけない。
そうご注意申し上げる方もいらっしゃったけれど、帝は聞く耳をお持ちにならないから、皆様あきれてうんざりしてしまわれたわ。
でもこのままでは、何十年何百年先の人たちにもダメな帝扱いされてしまいそう。

たしか中国でもね、皇帝(こうてい)楊貴妃(ようきひ)という美しいお妃様を特別に愛しすぎたせいで、国が滅亡(めつぼう)してしまうなんてことがあったらしいの。
そんな話を引き合いに出してご自分の悪口を言われていると知ると、桐壺の更衣様は心苦しくてつらくなってしまわれるのだけれど、帝がとてもとても愛してくださるから、それにすがってなんとか内裏で暮らしていらっしゃったわ。
< 1 / 16 >

この作品をシェア

pagetop