野いちご源氏物語 第一巻 桐壺(きりつぼ)
皇族や貴族の男の子は、十代前半で元服——大人になる儀式をなさるの。
その日から髪形や服装を大人のものに変えて、男の子ではなく成人の男性として世の中で生きていかれることになるのよ。
源氏の君はとてもおかわいらしくて、まだ子どもの髪形も服装もよく似合っていらっしゃったから、大人の姿にしてしまうのはもったいないように帝はお思いになった。
でも結局、源氏の君が十二歳のときに元服させなさったの。
帝は儀式のことを係に任せきりになさらないで、ご自分でもあれこれと準備なさった。
ふつうの元服の儀式よりもご立派な重々しい儀式になるよう工夫されたわ。
弘徽殿の女御様がお生みになった東宮様は、何年か前に元服されていた。
帝は、
「東宮の行った元服の儀式にも負けないよう盛大に行え。儀式のあとの宴会は、役所に任せておくと質素になってしまう。十分な用意をするように」
と念入りにご指示なさったの。
とても豪華な儀式になりそうなご準備だったわ。
帝のお部屋を会場にして儀式が行われる。
東向きに帝がお座りになるよう椅子を置いて、その前に源氏の君のお席と、源氏の君に冠をおかぶせする方のお席をご用意したわ。
儀式では、子どもの髪形をほどいてお髪を切り、それを結んだあと冠をおかぶせするの。
午後三時ころ、源氏の君が入場された。
子どもの髪形がとても似合っていらっしゃるから、大人の髪形に変えてしまうのはもったいなかった。
お髪を切るお役目の方も、あまりに美しいお髪を見ると切りにくく思っていらっしゃったみたい。
帝は、
「桐壺の更衣が生きていて、この晴れ姿を一緒に見ることができたならば」
とお思いになると涙があふれそうになってしまわれた。
でもおめでたい儀式の最中だから、ぐっと我慢されているようだったわ。
短くしたお髪を結んで冠をかぶせられた源氏の君は、控室で大人の服に着替えをなさった。
それから会場の前のお庭におりると、帝に向かって舞をなさったの。
この舞は、「とてもうれしい」という感謝の気持ちを表すものなのよ。
それをまだお小さい源氏の君が、立派に大人の姿におなりになって美しく舞われたものだから、儀式に参列しておいでの皆様は涙をぬぐっていらっしゃった。
まして帝は涙を抑えることなどおできにならない。
このところは思い出されることも少なくなってきた桐壺の更衣様のことを、ふいに恋しく思い出されて悲しんでいらっしゃった。
帝は、
「まだ小さいのだから大人の髪形や服装は似合わないかもしれない」
とご心配になっていたけれど、まったくそんなことはなくて、むしろ源氏の君は今まで以上にお美しく見えたのよ。
源氏の君のお髪を結んで冠をおかぶせするという大切なお役目は、左大臣様がなさった。
左大臣様は、右大臣様、あの意地悪な弘徽殿の女御様の父君よりも高いご身分の方よ。
その左大臣様にはご子息——男のお子様は何人かいらっしゃるのだけれど、姫君はお一人しかいらっしゃらない。
それだけにとても大切に育てていらっしゃるわ。
姫君の母君は帝の妹君だから、姫君と源氏の君はいとこ同士ね。
以前から東宮様がこの姫君をお妃様にしたいとおっしゃっていた。
姫君と東宮様もいとこ同士だけれど、当時はいとこ同士で結婚することはめずらしくなかったの。
でも、左大臣様は姫君をお妃様になさることに乗り気ではいらっしゃらなかった。
東宮様は次の帝になられる方なのだから、まさか左大臣様がお返事をしぶるとは思っていらっしゃらなかったはず。
姫君だって、左大臣家の唯一の姫として大切に育てられたのだもの、いずれご自分は東宮様とご結婚すると考えていらっしゃったはずよ。
それなのに左大臣様は、姫君と東宮様のご結婚をお認めにならないままだった。
なぜなら姫君を源氏の君とご結婚させたいとお考えだったから。
源氏の君が元服されることが決まったあと、左大臣様は帝にそのお考えをお話しになった。
帝は、
「元服の儀式の夜は、ふさわしい姫を源氏の隣に寝かせなければならない。そなたの姫にその役目を与えるから、そのまま結婚させよ」
とおっしゃったから、左大臣様もそのつもりでご準備を始められたわ。
元服の儀式が終わり、宴会が始まった。
宴会場ではご身分の順番どおりに着席されるのだけれど、源氏の君は親王様たちの最後、貴族の方々よりは前というような場所に座っていらっしゃる。
隣のお席の左大臣様が、
「宴会が終わりましたら我が家へお越しください。帝のお許しはいただいております。私の娘を気に入っていただければよいのですが」
と源氏の君に耳打ちなさっていたわ。
源氏の君は恥ずかしそうにうつむかれて、はっきりとしたお返事はなさらなかったけれど。
宴会の途中で帝が左大臣様をお呼びになった。
左大臣様に、元服の儀式で大役を果たされたご褒美をお与えになる。
それからお酒の入った杯をお渡しになって、
「儀式で源氏の髪を結んだとき、そなたの姫と源氏が夫婦として末永く続くよう祈ったか」
とおっしゃったわ。
今夜から始まるお二人のご結婚生活を、帝もご心配していらっしゃるのね。
左大臣様は、
「源氏の君が私の娘をお気に召して、愛しつづけてくださるとよろしいのですが」
とお答えになった。
左大臣様はお庭におりて、ご褒美をいただいたことへの感謝の舞をなさった。
そろそろ宴会は終わりね。
帝は左大臣様に今日の儀式の記念品をお与えになった。
宴会場にいらっしゃった方々もお庭にお並びになって、順番にご身分に応じた記念品を受け取っていらっしゃったわ。
帝がご心配されていた宴会のお料理も、ところ狭しと並べられて、東宮様の元服のときよりもたくさんだったほど。
帝のお望みどおりのご立派で重々しい儀式になったわ。
その夜、左大臣様のお屋敷に源氏の君がいらっしゃった。
左大臣家ではご結婚の儀式を驚くほどご立派になさって、源氏の君を大切におもてなしになったわ。
元服したとはいえ、源氏の君はまだ幼いご様子でいらっしゃる。
左大臣様はそれをおかわいらしいとお思いになったけれど、姫君からしたらどうかしら。
姫君は十六歳、源氏の君はまだ十二歳。
源氏の君の幼い様子をご覧になって、ご自分がお隣にいるのは落ち着かないような気がなさったのではないかしら。
その日から髪形や服装を大人のものに変えて、男の子ではなく成人の男性として世の中で生きていかれることになるのよ。
源氏の君はとてもおかわいらしくて、まだ子どもの髪形も服装もよく似合っていらっしゃったから、大人の姿にしてしまうのはもったいないように帝はお思いになった。
でも結局、源氏の君が十二歳のときに元服させなさったの。
帝は儀式のことを係に任せきりになさらないで、ご自分でもあれこれと準備なさった。
ふつうの元服の儀式よりもご立派な重々しい儀式になるよう工夫されたわ。
弘徽殿の女御様がお生みになった東宮様は、何年か前に元服されていた。
帝は、
「東宮の行った元服の儀式にも負けないよう盛大に行え。儀式のあとの宴会は、役所に任せておくと質素になってしまう。十分な用意をするように」
と念入りにご指示なさったの。
とても豪華な儀式になりそうなご準備だったわ。
帝のお部屋を会場にして儀式が行われる。
東向きに帝がお座りになるよう椅子を置いて、その前に源氏の君のお席と、源氏の君に冠をおかぶせする方のお席をご用意したわ。
儀式では、子どもの髪形をほどいてお髪を切り、それを結んだあと冠をおかぶせするの。
午後三時ころ、源氏の君が入場された。
子どもの髪形がとても似合っていらっしゃるから、大人の髪形に変えてしまうのはもったいなかった。
お髪を切るお役目の方も、あまりに美しいお髪を見ると切りにくく思っていらっしゃったみたい。
帝は、
「桐壺の更衣が生きていて、この晴れ姿を一緒に見ることができたならば」
とお思いになると涙があふれそうになってしまわれた。
でもおめでたい儀式の最中だから、ぐっと我慢されているようだったわ。
短くしたお髪を結んで冠をかぶせられた源氏の君は、控室で大人の服に着替えをなさった。
それから会場の前のお庭におりると、帝に向かって舞をなさったの。
この舞は、「とてもうれしい」という感謝の気持ちを表すものなのよ。
それをまだお小さい源氏の君が、立派に大人の姿におなりになって美しく舞われたものだから、儀式に参列しておいでの皆様は涙をぬぐっていらっしゃった。
まして帝は涙を抑えることなどおできにならない。
このところは思い出されることも少なくなってきた桐壺の更衣様のことを、ふいに恋しく思い出されて悲しんでいらっしゃった。
帝は、
「まだ小さいのだから大人の髪形や服装は似合わないかもしれない」
とご心配になっていたけれど、まったくそんなことはなくて、むしろ源氏の君は今まで以上にお美しく見えたのよ。
源氏の君のお髪を結んで冠をおかぶせするという大切なお役目は、左大臣様がなさった。
左大臣様は、右大臣様、あの意地悪な弘徽殿の女御様の父君よりも高いご身分の方よ。
その左大臣様にはご子息——男のお子様は何人かいらっしゃるのだけれど、姫君はお一人しかいらっしゃらない。
それだけにとても大切に育てていらっしゃるわ。
姫君の母君は帝の妹君だから、姫君と源氏の君はいとこ同士ね。
以前から東宮様がこの姫君をお妃様にしたいとおっしゃっていた。
姫君と東宮様もいとこ同士だけれど、当時はいとこ同士で結婚することはめずらしくなかったの。
でも、左大臣様は姫君をお妃様になさることに乗り気ではいらっしゃらなかった。
東宮様は次の帝になられる方なのだから、まさか左大臣様がお返事をしぶるとは思っていらっしゃらなかったはず。
姫君だって、左大臣家の唯一の姫として大切に育てられたのだもの、いずれご自分は東宮様とご結婚すると考えていらっしゃったはずよ。
それなのに左大臣様は、姫君と東宮様のご結婚をお認めにならないままだった。
なぜなら姫君を源氏の君とご結婚させたいとお考えだったから。
源氏の君が元服されることが決まったあと、左大臣様は帝にそのお考えをお話しになった。
帝は、
「元服の儀式の夜は、ふさわしい姫を源氏の隣に寝かせなければならない。そなたの姫にその役目を与えるから、そのまま結婚させよ」
とおっしゃったから、左大臣様もそのつもりでご準備を始められたわ。
元服の儀式が終わり、宴会が始まった。
宴会場ではご身分の順番どおりに着席されるのだけれど、源氏の君は親王様たちの最後、貴族の方々よりは前というような場所に座っていらっしゃる。
隣のお席の左大臣様が、
「宴会が終わりましたら我が家へお越しください。帝のお許しはいただいております。私の娘を気に入っていただければよいのですが」
と源氏の君に耳打ちなさっていたわ。
源氏の君は恥ずかしそうにうつむかれて、はっきりとしたお返事はなさらなかったけれど。
宴会の途中で帝が左大臣様をお呼びになった。
左大臣様に、元服の儀式で大役を果たされたご褒美をお与えになる。
それからお酒の入った杯をお渡しになって、
「儀式で源氏の髪を結んだとき、そなたの姫と源氏が夫婦として末永く続くよう祈ったか」
とおっしゃったわ。
今夜から始まるお二人のご結婚生活を、帝もご心配していらっしゃるのね。
左大臣様は、
「源氏の君が私の娘をお気に召して、愛しつづけてくださるとよろしいのですが」
とお答えになった。
左大臣様はお庭におりて、ご褒美をいただいたことへの感謝の舞をなさった。
そろそろ宴会は終わりね。
帝は左大臣様に今日の儀式の記念品をお与えになった。
宴会場にいらっしゃった方々もお庭にお並びになって、順番にご身分に応じた記念品を受け取っていらっしゃったわ。
帝がご心配されていた宴会のお料理も、ところ狭しと並べられて、東宮様の元服のときよりもたくさんだったほど。
帝のお望みどおりのご立派で重々しい儀式になったわ。
その夜、左大臣様のお屋敷に源氏の君がいらっしゃった。
左大臣家ではご結婚の儀式を驚くほどご立派になさって、源氏の君を大切におもてなしになったわ。
元服したとはいえ、源氏の君はまだ幼いご様子でいらっしゃる。
左大臣様はそれをおかわいらしいとお思いになったけれど、姫君からしたらどうかしら。
姫君は十六歳、源氏の君はまだ十二歳。
源氏の君の幼い様子をご覧になって、ご自分がお隣にいるのは落ち着かないような気がなさったのではないかしら。