野いちご源氏物語 第一巻 桐壺(きりつぼ)
その年の夏、桐壺の更衣様はご病気でお気持ちまで弱ってしまわれたの。
ご実家に戻って養生したいと帝に申し上げたのだけれど、お許しはいただけなかった。
帝からすれば、桐壺の更衣様はもう何年もお具合が悪くて、それに慣れきっておられたのね。
「もうしばらく内裏で様子を見なさい」
とおっしゃるばかり。
でもそうしているうちにどんどんお悪くなって、ここ五、六日でとても衰弱してしまわれたから、桐壺の更衣様の母君が涙ながらに帝にお願いして、ご実家に戻るお許しをいただいたの。
桐壺の更衣様はとても華やかな美人だったのに、今はお顔もやつれて苦しそう。
はっきりとものをおっしゃることもできず、今にも消えてしまいそうなご様子だったわ。
どうしてこんなことになってしまったのか、この先どうなってしまうのか、帝はそんなことは考えられなくて、とにかく更衣様に向かってさまざまなことをお約束なさる。
でも、更衣様はお返事もできないの。
お目はうつろで、弱々しく横になっていらっしゃるだけ。
帝はどうしたらよいのだろうかとおろおろされていたわ。
歩けない更衣様のために、乗り物についての特別な指示を帝はお出しになった。
それなのに更衣様のお顔をご覧になると、「やはり行かないでくれ」とおっしゃってしまう。
「死ぬときは一緒だと約束したではないか。私を置いて先に行くつもりか」
と帝がおっしゃると、桐壺の更衣様は、
「悲しいお別れの道を行くのではなく、もっと帝と生きてまいりたいのですが」
と息も絶え絶えにおっしゃったわ。
他にも何かおっしゃりたいようなご様子だったけれど、何しろとてもお苦しそうでね。
帝は、もういっそこのまま内裏で看取ってしまいたいとお思いになったわ。
でも更衣様のご実家からお迎えが来ていて、
「病気を治すためのお祈りを今夜から僧侶たちがすることになっておりますので」
と申し上げたから、帝はついに仕方なく更衣様のお手を離されたの。
帝というお立場はとても窮屈。
引きとめつづけることも、直接お見送りすることもできない。
言い表せないほどのおつらさだったでしょうね。
桐壺の更衣様が内裏を出られた夜、帝は胸がふさがるほどご心配なさって、眠れないまま長い夜を過ごしていらっしゃったわ。
更衣様のご様子を尋ねる使者をお出しになって、まだ出発したばかりだというのに、使者の帰りはまだかまだかとおっしゃる。
使者が更衣様のご実家に着くと、「夜中過ぎにお亡くなりになってしまった」と泣きさけんでいる声が聞こえたの。
とぼとぼと内裏に戻って聞いたことを帝に申し上げると、帝は茫然としてお部屋にこもってしまわれたわ。
皇子は内裏に残っていらっしゃった。
内裏の外で皇子の身に何かあってはいけないと、桐壺の更衣様がご心配なさったから。
帝は皇子にお会いになりたかったけれど、お身内にご不幸があったときには内裏から出る決まりだったから、皇子は更衣様のご実家に預けられることになった。
皇子にお仕えしている人たちが泣きさわいでいるし、帝もずっと泣いていらっしゃる。
たった三歳の皇子は、ただ不思議そうにしていらっしゃった。
人が亡くなるのはいつだって悲しいことだけれど、皇子の幼いご様子にさらに涙がこみ上げてきたのだったわ。
ご実家に戻って養生したいと帝に申し上げたのだけれど、お許しはいただけなかった。
帝からすれば、桐壺の更衣様はもう何年もお具合が悪くて、それに慣れきっておられたのね。
「もうしばらく内裏で様子を見なさい」
とおっしゃるばかり。
でもそうしているうちにどんどんお悪くなって、ここ五、六日でとても衰弱してしまわれたから、桐壺の更衣様の母君が涙ながらに帝にお願いして、ご実家に戻るお許しをいただいたの。
桐壺の更衣様はとても華やかな美人だったのに、今はお顔もやつれて苦しそう。
はっきりとものをおっしゃることもできず、今にも消えてしまいそうなご様子だったわ。
どうしてこんなことになってしまったのか、この先どうなってしまうのか、帝はそんなことは考えられなくて、とにかく更衣様に向かってさまざまなことをお約束なさる。
でも、更衣様はお返事もできないの。
お目はうつろで、弱々しく横になっていらっしゃるだけ。
帝はどうしたらよいのだろうかとおろおろされていたわ。
歩けない更衣様のために、乗り物についての特別な指示を帝はお出しになった。
それなのに更衣様のお顔をご覧になると、「やはり行かないでくれ」とおっしゃってしまう。
「死ぬときは一緒だと約束したではないか。私を置いて先に行くつもりか」
と帝がおっしゃると、桐壺の更衣様は、
「悲しいお別れの道を行くのではなく、もっと帝と生きてまいりたいのですが」
と息も絶え絶えにおっしゃったわ。
他にも何かおっしゃりたいようなご様子だったけれど、何しろとてもお苦しそうでね。
帝は、もういっそこのまま内裏で看取ってしまいたいとお思いになったわ。
でも更衣様のご実家からお迎えが来ていて、
「病気を治すためのお祈りを今夜から僧侶たちがすることになっておりますので」
と申し上げたから、帝はついに仕方なく更衣様のお手を離されたの。
帝というお立場はとても窮屈。
引きとめつづけることも、直接お見送りすることもできない。
言い表せないほどのおつらさだったでしょうね。
桐壺の更衣様が内裏を出られた夜、帝は胸がふさがるほどご心配なさって、眠れないまま長い夜を過ごしていらっしゃったわ。
更衣様のご様子を尋ねる使者をお出しになって、まだ出発したばかりだというのに、使者の帰りはまだかまだかとおっしゃる。
使者が更衣様のご実家に着くと、「夜中過ぎにお亡くなりになってしまった」と泣きさけんでいる声が聞こえたの。
とぼとぼと内裏に戻って聞いたことを帝に申し上げると、帝は茫然としてお部屋にこもってしまわれたわ。
皇子は内裏に残っていらっしゃった。
内裏の外で皇子の身に何かあってはいけないと、桐壺の更衣様がご心配なさったから。
帝は皇子にお会いになりたかったけれど、お身内にご不幸があったときには内裏から出る決まりだったから、皇子は更衣様のご実家に預けられることになった。
皇子にお仕えしている人たちが泣きさわいでいるし、帝もずっと泣いていらっしゃる。
たった三歳の皇子は、ただ不思議そうにしていらっしゃった。
人が亡くなるのはいつだって悲しいことだけれど、皇子の幼いご様子にさらに涙がこみ上げてきたのだったわ。