ヨルの探偵Ⅱ
ひらひら手を振るマレくんに軽く手を挙げて、ゆったりとした足取りでBARを出た。
夏の夜風が私の髪を攫う。コンタクトを取った自前の非対称な色の目で、欠けた月を見上げながら自分のようだと自嘲した。
が、その思考もそこまで。
考えるべきは、ニエンテの雲竜兄弟について。脅すにしても敵地に乗り込むわけだから、小さな石ころ1つあっても困る。躓くわけにはいかない。
「誠桜会、乗り込んだら龍彦怒るよなぁ」
腹上死させるとか怖いワード言ってたし。でものらりくらりあの時は躱したけど、乗り込んだ方が早い。
リスクを冒して交渉に出向いた女を無碍にはしないだろう。多分。
確実なのは、イタリアンマフィアが日本に進出して好き勝手してたら誰もいい顔しないってこと。そうなると警察と手を組んでもらって……。
うだうだ考えてると目的地に着いたようで、闇夜に溶け込むシルエットが視界に入った。
「やっほ、ナナオくん」
「ヨル。……ななおって、誰のこと?」
ナナオくん、と呼べば、廃ビルの裏路地で換気扇に座っていた男子生徒が首を傾げた。
白いシャツに黒のズボン。服まで普通だ。
どこにでも溶け込んでいて、気配や存在感といったものを消すのが簡単で羨ましいと思いながら、対面するように塀に背中を預けた。
「君のこと。勝手に名前つけた」
「ナナでいいよ」
「じゃあ、ナナくんで」
あくまでも〝名無し〟でいてくれるらしい。
視線が合わさると私の目に気づいたようで、ちょんちょんと自分の目を人差し指で叩いて「いい色違い」と言うから思わず笑ってしまう。
この空気感面白くていいな。
「それで、会員証は?」
「これ。あと地区の見取り図もある」
「さっすがー」
「あと盗品から買ったやつ」
会員証とクラブの見取り図だけじゃなく、地区一帯の見取り図までくれたナナくんに私の気分は上々。
もうひとつ盗品から買ったやつを「おまけ」と言いながら手渡してきたナナくんに、私は首を傾げながらも受け取った。