ヨルの探偵Ⅱ
────欠けた月のヨルが去った後。
ナナと呼ばれていた青年の首元には、バタフライナイフが押し当てられていた。
「俺のこと殺すの?」
皮一枚の距離。
自分の生殺与奪を握る相手に、青年は臆することなく問うた。相手は答えない。
ヨルが去った後、換気扇に座っていた青年がゆっくりと立ち上がろうとした刹那、背後にある廃ビルの割れた窓から手が伸びてきた。
真後ろから伸びてきた手に青年は動揺はしなかったものの、逃げることは出来なかった。
そのため、背後のナイフを持つ相手に質問する他ない。
「……ヨルを、独り占めしてる人?」
「正解」
投げかけた質問はどうやら正解だったらしく、青年は目を瞬きさせた。
後ろで自分の生死を握る相手は、先程までやり取りしてキスを交わした人の唯一無二の相手。
この世で、ただひとり。
あの不思議なヨルを独り占めできる相手。
「独占欲ってやつですか」
「ちがうヨ」
「俺のこと、殺します?」
それは二度目の、同じ質問だった。
無言は否定らしい。自分を殺す気がないとわかって、青年は後ろを振り返りたくなった。
もちろんそれは不可能だが。純粋な好奇心とやらだろう。
しかし、背後の相手が口を開いたことでその好奇心故の行動はされることは叶わなかった。
「ボクのヨルを、奪おうとするなら
────────次はナイ。確実に、殺す」
その声に、青年は初めて畏怖を感じた。
動けなくなった青年に満足した背後の相手は、甘い匂いを残して猫のようにその場から消えてしまい、静寂が満ちる。
そんな様子を、
────欠けたヨルの月だけが見ていた。