ヨルの探偵Ⅱ
ガニュメデスの箱庭


 同じアパートの一室。

 そこは、女の箱庭だった。



 七畳の小さなワンルーム。

 狭い部屋には使い古された布団が2つ。小さなテーブルには化粧品がいくつか散らばっていて、褪せたタンスが部屋の隅に置いてある。

 母子2人での生活には狭い部屋だけど、物が少ないせいか割と部屋にスペースはあった。


「まだ3時……」


 時計を見て、声を零す。

 暗い部屋で一人、お母さんが帰ってくるのを待ちながら擦り切れた本のページを捲った。何度も読んでいるから内容は大体頭の中に入っている。

 午前4時。まだ暗い外から、カツンとピンヒールで階段を上る音が聞こえて僕は玄関に向かった。

 がちゃり、ドアが開く。


「ただいま〜! 莉桜、私の可愛い息子ぉ〜!」

「おかえり、お母さん」

「あら〜? またその本読んでたの~?」


 お酒の匂いがするお母さんが、ふらふらと倒れ込むように玄関に座った。

 僕が両手で抱き締めてる本を、お母さんは僕と同じ瞳の色で見つめ、赤く染まった顔で「その本好きね〜」と頭をぐしゃぐしゃに撫でる。

 跳ねた髪の毛をいそいそと手で直しながら、水を飲ませるために台所に向かった。

 背伸びをして水道水をコップに入れる。


「……ん、お水」

「ありがとねぇ、ぷは〜っ」


 まだ玄関で転がっていたお母さんにコップを渡すと赤い顔のまま口にコップをつけた。

 今の季節は秋で10月だけど、このまま玄関で寝て風邪を引いてしまわないように、靴を脱がせメイクを落とさせ歯磨きをさせ、布団まで促して寝かせる。

 この一連の流れも慣れたもので、すぅすぅと寝息を立てて寝るお母さんを前に長い息を吐いた。


「おやすみ、お母さん」

「……すぅ」


 返事のないお母さんにおやすみと声を掛けると、日が昇り始めて明るくなってきたいた。暖かな淡い色が窓を透けているのを空虚に眺める。

 これが、僕の日常。


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