君の名を
隙間風が吹いていた。
築五年の自宅が欠陥住宅で建て付けが悪い、というわけではない。
町内会の集会に参加した帰り道に、町内会長の町田幸子から聞かされたのは、新緑の季節だった。
「瀬川さんのご主人はセールスマン?」
不意に近付いてきた町田に尋ねられた。
「いえ……違いますけど」
質問の意図が掴めず、瀬川美咲は顔色を窺いながら答えた。
「ひまわり幼稚園の近くにあるブルーの屋根のお宅はご存じ?」
「いえ」
「昼間に瀬川さんのご主人が出入りしてるのを何度か見掛けたの」
よりによって、一番知られてはいけない人物に知られてしまった。ゴシップ好きでお喋りな彼女のことだから、もう既にご近所に吹聴して回っているのではないかと気掛かりで仕方がなかった。
「余計なお節介かもしれないけど、瀬川さんのお宅はお子さんもまだ小さいし、小さな芽のうちに摘んでおくほうがいいんじゃないかと思ってね」
「そうですよね。知らせていただいてありがとうございます」
ありがた迷惑とはこのことだと思ったが、そう返すよりほかなかった。町田を敵に回すと、しっぺ返しが恐ろしい。以前、彼女に歯向かったご近所さんは、引っ越しを余儀なくされた。
けれども、今回のことに関しては、彼女の言うことがあながち間違いではないようにも思えた。ここ数ヶ月、夫の瑛斗の様子がどことなくおかしいように感じていたのは事実だったからだ。今まで一度もなかった休日出勤が増え、“散歩”と言っては休日の昼間にふらっと出かけて行き、数時間帰らないことも数回あった。散歩が悪いと言いたいわけではなく、休日は家族で出掛けるのが常だった瑛斗の単独行動に、違和感を抱かざるを得なかった。
次第に瑛斗への不信感が募り、その様子が本人に伝わったのか、なんとなくぎくしゃくし、いつしか二人の間に隙間風が吹き始めた。
築五年の自宅が欠陥住宅で建て付けが悪い、というわけではない。
町内会の集会に参加した帰り道に、町内会長の町田幸子から聞かされたのは、新緑の季節だった。
「瀬川さんのご主人はセールスマン?」
不意に近付いてきた町田に尋ねられた。
「いえ……違いますけど」
質問の意図が掴めず、瀬川美咲は顔色を窺いながら答えた。
「ひまわり幼稚園の近くにあるブルーの屋根のお宅はご存じ?」
「いえ」
「昼間に瀬川さんのご主人が出入りしてるのを何度か見掛けたの」
よりによって、一番知られてはいけない人物に知られてしまった。ゴシップ好きでお喋りな彼女のことだから、もう既にご近所に吹聴して回っているのではないかと気掛かりで仕方がなかった。
「余計なお節介かもしれないけど、瀬川さんのお宅はお子さんもまだ小さいし、小さな芽のうちに摘んでおくほうがいいんじゃないかと思ってね」
「そうですよね。知らせていただいてありがとうございます」
ありがた迷惑とはこのことだと思ったが、そう返すよりほかなかった。町田を敵に回すと、しっぺ返しが恐ろしい。以前、彼女に歯向かったご近所さんは、引っ越しを余儀なくされた。
けれども、今回のことに関しては、彼女の言うことがあながち間違いではないようにも思えた。ここ数ヶ月、夫の瑛斗の様子がどことなくおかしいように感じていたのは事実だったからだ。今まで一度もなかった休日出勤が増え、“散歩”と言っては休日の昼間にふらっと出かけて行き、数時間帰らないことも数回あった。散歩が悪いと言いたいわけではなく、休日は家族で出掛けるのが常だった瑛斗の単独行動に、違和感を抱かざるを得なかった。
次第に瑛斗への不信感が募り、その様子が本人に伝わったのか、なんとなくぎくしゃくし、いつしか二人の間に隙間風が吹き始めた。
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