手のひらを太陽に

第14話

 私は自分のアパートに向けてペダルを踏んでいた。
 アパートまで近づいた頃、東の方が薄明るくなってきた。薄紅色の光が回転する自転車の車輪とアスファルトを照らしていた。
 アパートの私の部屋の窓がこれから姿を現そうとしている太陽の淡い光を反射させていた。
 部屋に入った後、ショワーを浴びてパジャマに着替えてから、布団に潜り込むといつの間にか寝込んでしまった。
 カーテンを閉めていなかった窓から純白の太陽の光が差し込んでいた。瞼が純白の眩しい光に反応して微かに痙攣しているのを感じた。瞼を開けようと少し開けると物凄い眩しさの純白の光が痛いほど目に差し込んでくるのを感じた。眩しさに慣れようとしばらくの間薄眼の状態にしていた。
 瞼をめいっぱい開けれるようになった。窓から差し込んでくる太陽の純白の光が部屋の所々を照らしていた。部屋の所々で反射した光は様々な色となって部屋中を飛び交っていた。
 随分はっきりとした長い夢をみたものだ。これほどリアルで長い夢は見たことはなかった。しかし、やはりもしかしたらこれは夢ではなかったかもしれないというぬぐいきれない思いが残っていた。
 着替えてから、シリアルに牛乳をかけて急いで食べた。自転車に急いで飛び乗って図書館へと向かった。
 図書館に入るとすぐに新聞の縮刷版のところへ行った。2010年の縮刷版を探した。私の両親が崖から車ごと転落した記事を探した。私の両親についての記事を見つけた時私は驚愕した。私の両親は崖から車ごと転落して亡くなったのではなかった。自宅で心中したことになっていた。父が刃物で母を刺して、その同じ刃物で父は自分を刺した。
 今朝起きた時夢から覚めたのではなかったのか。夢だと思っていた、2010年の世界にタイムスリップしたことは現実であったのか。あの2010年の世界の中で私は自分がタイムスリップしたと確信した。両親が崖から車ごと転落するより1月前にタイムスリップしていた。過去の事実を知っている私はなんとかしてこのことを変えることができるのではないかと思った。
 両親が死んだのはあの詐欺師の策略の所為である思った。そしてその詐欺師の過去の詐欺行為が週刊誌の記事になっているのを知った私はその記事のコピーを父が読めるようにと計画した。思った通り父は詐欺師と契約することをやめた。しかし詐欺師は単なる詐欺師ではなかった。極悪非道の策略家であった。事態より悪い結果となってしまった。両親の死がスリップ事故による転落死であったのが、心中になってしまった。父は自らに私のために生命保険をかけていたのだが、一年以内ということで、自殺については対象にならなかった。
 2020年の世界での私の現実は変わってはいなかった。安アパートに住んでいて、派遣社員である。新型コロナウイルスの影響で今仕事がない。貯金も底をつくのは時間の問題である。でも両親の死に関しての新聞の記事の内容が変わっている。このことがタイムスリップが現実のことであったということの動かぬ証拠ではないか。でも両親の崖から車ごとの転落事故が夢であったのではないかという疑念が湧き上がってきた。人間の記憶というものは何と不確かなものだろうか。
 考えてみるに、タイムスリップというありえないことが自分の身に起こったら、おかしくならない方が変であると思う。だから今私が自分の記憶について疑いを持つようになっても仕方がないのでないだろうか。
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