手のひらを太陽に

第26話

 名前を呼ばれて、戸籍謄本を渡された時、私はなんとも言えぬ安堵感を感じた。最悪の状況はなかった。
 戸籍謄本から、両親のなくなった年月日がわかった。両親が崖から車ごと落ちた日であった。私は戸籍謄本に書かれてある氏名、私の父と母から生まれたことは真実のことであった。
 私は、私が17歳まで住んでいた家の表札に書いてある夫婦の子であること。二人は私が17歳の時になくなっていること。この2つのことは私の記憶と一致している。それ以外は私の記憶とは全く違っているのである。これはどういうことなのであろうか。
 私の記憶では、父は事業に失敗して多額の借金を背負ってしまった。そのことが一番の原因だと思うが、両親は車のスリップ事故に見せかけて、崖から車ごと転落して死んでしまった。事故に見せかけようとしたのは、私のためであった。家とお金を私に残そうと生命保険に入っていた。しかし借金返済の未納期間が長すぎて、多額の利息があったので、借金の額は家のローンの未払いを加えると保険金額をはるかに超えていた。それで私は進路指導の先生の計らいで、住み込みの契約社員として、建築関係の会社に就職した。しかし1年後、会社の業績悪化のため私は解雇された。ハローワークを通して派遣会社に就職した。雇用保険がおりたので安アパートであるが部屋を借りることができた。そして今まで派遣会社を通して、いろいろな仕事をしてきた。それが、ある日タイムスリップを経験して、今の状況になってしまった。私の記憶にあるのは、両親の名前と、両親が、私が17歳の時亡くなってしまったことだけである。それ以外が消えてしまったのだ。
 登記簿で確認すると、私が17歳の時まで住んでいた家が、もうこの世に存在していない父の所有になっている。抵当権は解除されている。戸籍謄本で確認すると父と母は、家の表札の名前と一致している。
 当時私は17歳で未成年であったので、相続の法的手続きをしていない。誰かが法定代理人になっているはずである。その人は誰であるのか。法定代理人が誰であったとしても、なぜ私のところに今まで連絡してこなかったのか。私は今27歳である。二十歳になってから7年経っている。法定代理人からも、役所からも何も言ってこないのはおかしいではないか。でも、役所で戸籍謄本を申請して何の問題もなく受け取ることができた。
 私の知識と経験では、このことについてこれ以上何も考えつくことができなかった。私は極めて単純化した解決策を選んだ。法定代理人がなくなってしまったということである。このことを前提に次の行動に移ろうと思った。
 次のことを明らかにしなければならなかった。私が17歳の時まで住んでいた家と周辺の広大な農地。この固定資産税はどうしていたのか。登記簿を見るとその広大な農地も父の名義となっている。農地は何もしなければ雑草でおおわれた荒地となってしまう。しかしよく整備された農地となっている。誰が管理しているのか。
 その広大な農地の一部に、建っていたはずの叔父叔母たちの家はどうして影も形もないのか。
 私が17歳の頃まで住んでいた家の近くまで行った時。県道の斜向かいにあるコンビニの窓際のカウンターに座って、おにぎりを食べながら観察していた時、面識のない20代くらいの女性が家の玄関まで来たと思ったら、鍵を出して玄関の扉を開けて、家の中に入っていった。あの女性は一体誰なのか。父と母とどんな関係があるのか。
 私はまた私が17歳の時まで、住んでいた家の近くまで行こうと思った。家の斜向かいのコンビニの窓際のカウンターに座って、おにぎりでも食べながらまたあの家を観察しようと思った。またあの女性が来るはずだと思った。彼女はまた鍵を出して玄関扉の鍵を開けて中に入っていくに違いない。私はすぐにコンビニを出て、県道を横切り、家の玄関前まで行くだろう。とりあえずまた表札の名前を確認するつもりでいる。確認した後、玄関の呼び出しチャイムのボタンを押す。扉を開けて彼女が顔を出す。私は自分のことを紹介して、彼女のことを聞き、疑問に思っていることを聞き出す。
 以上のことを私はすぐに実行しようと思った。
 その日アパートの自分の部屋に帰ったら、すぐに派遣会社から携帯に電話が入った。翌日、コロナ感染者用のホテルが、空く予定の部屋がないので、仕事がないということだった。私は翌日私が17歳まで住んでいた家のところへ行こうと思った。
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