手のひらを太陽に

第27話

 私が17歳まで住んでいた家の県道を隔てて、斜向かいにあるコンビニ入った。おにぎりとペットボトルのお茶を買って、窓際のカウンター席に座った。私が17歳まで住んでいた家をしばらく観察していた。おにぎりを食べ終わり、ペットボトルのお茶を飲む干した後も、しばらく誰も来る様子はなかった。おにぎりを包んでいたビニールゴミと空になったペットボトルを、ゴミ箱に捨てに行こうと立ち上がると、家の玄関に近づいて行く人影が見えた。
 家に近づいて行く人影をじっと見ていると、先日コンビニのカウンターに座っている時見た女性と同じ人であることが、コンビニの窓越しでもはっきり認めることができた。女性は鍵を出して玄関の扉を開けると家の中に入っていった。私はビニールゴミを可燃物のところへ、ペットボトルをペットボトルのところに捨てると、コンビニから出て行った。
 県道を横切って、玄関前まで来た。玄関の表札の名前を見た。あの時と同じように父と母の名前が書かれていた。玄関の呼び出し音のボタンを押した。何の反応もなかった。しばらくしてからもう一度ボタンを押した。何の反応もない。なぜ出てこないのだろうか。居留守をしているのだろうか。でも、なぜそのような必要があるのだろうか。
 私は玄関の前でどれだけ立っていただろか。一時間くらいになるだろうか。表札には私の父と母の名前が書かれてある。それはこの家は私が17歳の頃まで住んでいた家である。
 私の手が無意識のうちに扉の方へ伸びていった。扉を掴んでいた手が自分の方へ引き寄せられていった。扉は内側から鍵がかけられていなかった。扉は私の方に向けて大きく開かれていた。私は何のためらいもなく玄関内に足を踏み入れていた。
 自分では何と言ったのか覚えていないが、こういう場面で普通いう言葉であったろう、同じ言葉を何度か、家全体に響くほどの大声で言った。何の反応もなかった。
 見覚えのあるスリッパに気がついた。私が17歳の時履いていたのと全く同じスリッパであった。ほぼ無意識のうちにそのスリッパに履き替えていた。
 居間の扉は開かれたままであった。居間にあるテレビ、テーブル、ソファ、家具類すべてが、私が住んでいた時のものと全く同じものであった。居間には誰もいなかった。階段を昇って行った。
 私が使っていた部屋の扉が開かれたままであった。カーテンが開かれたままで、窓から純白の太陽が溢れるように差し込んできていた。純白の光が部屋中を照らしていた。部屋にあるもの全てが私が使っていたものだ。机、本棚、ベッド、CDコンポ、CD用の棚、全て私が使っていたものだ。本棚にある本全てに覚えがある。全て私が買ったものだ。買っただけでまだ読んでいない本もたくさんあったが、背表紙を見ただけで、その内容が鮮やかに蘇ってくる本か何冊か目についた。目に入ってくるCDケースも私の記憶の中にある音楽を響かせた。17歳の時の様々な映像と響きが、一瞬のうちに私の脳裏に押し寄せてきた。
 父と母の寝室、和室、浴室、納戸、全てが私が17歳の頃住んでいた時と同じままであった。部屋に置いてあるもの、浴室に置いてあるもの、全てが私が住んでいた時もまったく同じものが置いてあった。これは私を心底から驚愕させることであった。でもこのことよりもさらに私を驚愕させたことは、家中をいくら探しても、あの女性の影も形もないことであった。最初裏の出口から出たのではないかと思った。しかしその出口の扉は中からしっかりと鍵が閉められていた。窓も全て確認した。一階すべての窓、部屋のすべての窓、浴室の窓、トイレの窓、納戸の窓も。二階の窓も全て確認した。どの窓も確かに内側から鍵が閉められていた。彼女は家の中にいないことは確かである。でもどこからどうやって出て行ったのであろうか。
 居間に入り、電灯をつけた後テレビのリモコンを手にとって、テレビの電源を入れた。世界中の新型コロナ感染に関するニュースの映像が放映されていた。ニュースが終わると、コマーシャルが流れた。コマーシャルの後『私の街の風景』の番組が放映された。私が17歳の頃住んでいた家のある街、その家の中に今私はいる。その街の商店街がテレビ画面に映っている。テレビのカメラは住宅地の中に入っていく。私が17歳の頃まで住んでいた家の外観、私がまさに今いる家の外観のアップが映し出された。
 心地よい暖かさで、身体全体が包まれていくのを感じた。綿のようなもので包まれているのが感じられた。暗闇に包まれているのを感じた。純白の美しい光が横切っていくのが見えた。純白の光は七色の美しい光に分かれて行った。光のあまりに美しい輝きにうっとりとした気分になっていくのを覚えた。意識が少しずつぼやけていくのを感じた。
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