【おまけ追加】塩対応の汐宮先生は新人医局秘書にだけ甘くとける
泣く女を追いかけて
 レイトショーなのにすごい混み具合だ。
 ハリウッドの巨匠、スティルバーグ監督の最新作なのだから仕方ないな。

 公開初日の今日が、当直でもオンコールでもないなんて奇跡的なことだった。

 だが直前まで患者の容体が落ち着くかわからず、チケットの予約はできなかったのだ。

 席が空いていればと、ネットで調べることもなく映画館まで来てみたのだが、最後の一席に滑り込めたのはラッキーだった。

 広告が流れているシアター内を、足元に注意しながら入っていく。

 シアターの右サイドの通路を前方に進み、たどり着いた席は、最前列の一番右から二番目の席だ。
 見づらいが、空いていたこと自体奇跡なのだからよしとしよう。

 グスッ グスッ……

 座るなり聞こえてきた鼻をすする音?
 なんだ……?

 チラッと右横を見ると、女性がハンカチを手にしている。
 風邪……ではなさそうだ。
 まだ広告の段階だというのに、隣の女はもう泣いているらしい。
 意味がわからない。
 とんでもない席に座ってしまった。

 本編が始まっても、隣が気になって仕方がない。

 映画の内容は進み、思わずくすっと笑ってしまうような、主人公と相棒のやり取りが続いている。
 決して泣くような場面ではない。
 にもかかわらず、隣の女は泣き続けている。

「あ」と言う小さな声がしたので、また右隣を見てみると、目の下を押さえ、続けて着ていた服をポンポンと叩いていた。

 なんだ? どうしたんだ?
 様子から察するに、泣きすぎてコンタクトレンズが取れてしまったのだろう。

 度数はわからないがコンタクトレンズをするくらいなのだから、最前列とはいえ、ここからスクリーンまでの距離でもおそらく見えなくなっているはずだ。

 いや、そもそも広告から泣き続けているのだから、映画の内容なんて全く関係ないのかもしれない。
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