その愛を喩える言葉を知らない
 いつも通り、朝になればすぐ近くのとても小さな駅へと向かう。
 こんなに冷えるのだから、ムートンブーツに履き替えて正解だったな⋯⋯そう思いながら、他に乗客がいない駅舎の戸を開ける。
「おはようございます。すっかり寒くなりましたね」
 私が勝手に“駅長さん”と呼んでいる、同世代ぐらいの男性が、優しい笑顔で挨拶してくれた。
「おはようございます。いつも朝早くからお疲れ様です」
 去年までは、私以外にもう一人、高校生と思しき少年が通学にこの駅を利用していたが、春から姿を見なくなったので、恐らく、卒業して引っ越したのだろう。
 ここは山間部で、商店も民家も殆どない。あっても大半は空き家になっている過疎地だ。
 その割に、鈍行でターミナル駅まで50分もかからないので、私はここから中心市街地まで通勤している。
 本当は山の中で仙人のように暮らしたかったが、働かなければ暮らせない。
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