王子様カフェにようこそ!

第14話 ここの席は空いていますか?

 午前中は教室での座学のみで、エルトゥールはなんとか居眠りすることなく授業を受けることができた。

(語学・数学・地理……この辺は王宮で家庭教師に教わっていた内容で理解できた。午後の古典・化学・歴史も、大丈夫じゃないかという気はする。授業料免除レベルの優秀な成績とはいかなくても、故国の名を汚すほどの落ちこぼれにはならないはず。あとは魔法……)

 かつてこの世界には「魔法」があったとされている。
 しかし、廃れて久しい。
 理由は簡単で、使える者がいない。

 記録によれば、魔法を使うのに必要な「魔力」は持つ者・持たざる者がはっきりしており、魔力のない者はどれだけ修行を積んでも魔法を使うことはできなかったという。
 しかも、その魔力の顕現条件は最盛期にもはっきりしなかった。
 当時は血筋という考え方が主流であり、親から子へ引き継がれる前提のもと、ひとたび魔力を扱えるものが現れればその血を求める婚姻が繰り返されていたらしい。だが、生まれてきた次代の子どもたちは必ずしも魔力を持っていなかった。やがて、魔力を持つ者はほとんど観測されなくなった。

 現在でも、ごく稀に先祖返りで魔力を持っている者が現れると、「魔法」への抗い難い憧れから、一族に迎えたいと考える者がいるのは事実である。
 魔導士を信奉する地下組織がその身を狙っているという話も、ときたま聞く。
 まったくのデマではないらしく、エルトゥールもまた「魔法」の扱いに関しては細心の注意を払うように言い含められてきた。

 とは言っても、現在何らかの形で「魔力」を持つとされる者たちも、過去の魔導士とは比べものにならないほどその力は弱く、一般人と変わらない。エルトゥールの力も例外ではない。
 魔法そのものにも、実用性はほとんど認められていない。
 そのため、いまやほとんどの国では「魔法学」に予算が割かれなくなっており、研究を続けているのはごく一部の研究機関のみ。
 エルトゥールの留学先である、ここランカスター寄宿学校もその一つであるが、「魔法学」は選択制で成績に関係する普段の授業とは切り離されていることがわかった。
 
(受講するには申し込みが必要で、期限はまだある。そこで目覚ましい研究ができればそれに越したことないけど、ごく微量の魔力がある以外、私は普通の人間と何も変わらない。実用性もない以上、あてにしないことにしよう)

「姫様、お昼休みですよ。食事は全学生・教職員が利用するカフェテリアです。混み合いますから、急ぎましょう」

 午前中、一緒に授業を受けていたレベッカに誘われ、連れ立ってカフェテリアに向かう。
 学校そのものは石造りの巨大な城塞のような建物で、たくさんの教室に分かれているが、カフェテリアは大ホールの一箇所のみ。
 着いてみると、時間に幅を持たせて利用できる寮の食堂とは異なり、お昼休みをめがけてきた学生や学校関係者ですでに溢れかえっていた。

「食事はカウンターに並んだ料理から、自分のトレーにお好きなものを、食べられる分だけ。席は空いているところを探して、ですね。……エルトゥール様、そんなに?」

 レベッカの説明を聞きながら、エルトゥールは物珍しさもあって、カウンターに並んでいた料理を次々とトレーにのせた。

「うん。昨日の敗因は、勝手がよくわからないで急いでカフェに行ったから、夕食をとっていなかったのが大きい。今日はまず昼のうちにしっかり食べる。夕方も食べて行けるようだったら何かお腹に入れていく」
「姫様、さすがです」
「また倒れるわけにはいかないからね!」

 エルトゥールは力強く頷いた。
 いくつも並んだ長テーブルから、なんとか空席を見つけると、二人で並んで腰かけて食事を開始。
 ちょうどそのとき、向かい側に料理の山と盛られたトレーが、とん、と置かれてエルトゥールは顔を上げた。

「こんにちは、エルトゥール姫。ここの席は空いてますか?」
「アーノルド殿下!」

 サイドの黒髪をざっくりと後頭部で結び、制服は襟元まできっちり着こなしているアーノルド。秀麗な面差しもあらわに、大変爽やかに微笑んでいる。

「姫様、健啖家でいらっしゃいますね。それ全部、おひとりで?」
「アーノルド殿下こそ。私と量は変わらないか、もうちょっと多いくらいじゃないですか」
「俺、お腹すくとダメなんですよね。食べないとすぐに体力が落ちてしまって。姫もですか?」

 にこ、と甘やかに微笑まれる。瞳の輝きが眩しい。
 そのアーノルドを前に、エルトゥールは思わず眉間に皺を寄せて見返してしまった。

(この白々しい会話は一体……!?)

 昨日倒れて迷惑をかけた+ベッドを奪ってしまった+結果的にものすごく親切にしてもらった、というのは頭ではわかっているものの、猫のふりを強要された件で微妙に割り切れない気持ちが生まれている。

 さらに言うならば、カフェで同僚である関係を表沙汰にしない為には、学校での接触は最小限に抑えるべきではないか、とエルトゥールとしては思わずにはいられない。
 返答を保留にして見つめ返すこと数秒。

「お待たせしました。ここ、良いのかな?」

 アーノルドの両側に、見覚えのある人物が現れる。
 蜂蜜色に輝く髪を流した美貌の令嬢。硬質な表情に眼鏡をのせた男子学生。

「ジャスティーン様……!」

 ちょうど真向いに座られたレベッカが、感極まった悲鳴のような声でその名を呼んだ。
 ジャスティーンは、悪戯っぽく片目を瞑ってレベッカに声をかける。

「君の探していた子猫ちゃん、帰ってきた?」
「はい、あの、ジャスティーン様が仰っていた通りに。ありがとうございました」
「ふふっ。私は何もしていないけど、良かったね。顔色はまだあまり良くないみたいだ、今日はちゃんと休むんだよ?」
「はい……」

(レベッカ、完全に、魂持ってかれていますね……!)

 レベッカは、ジャスティーンに微笑まれただけで頬を染めてぽーっとなってしまっていて、スプーンを持った手はぴくりとも動かない。
 本気で憧れているらしい、とエルトゥールは感心してしまった。
 
「ここのカフェテリア、料理がすごく美味しいんですよ。そのシェパーズ・パイは俺も好き」

 アーノルドが、のほほんと話しかけてくる。
 エルトゥールは声につられて顔を向けてから、アーノルドの手元に目を落とす。
 ちょうど、こんがり焼けたパイを切り分けたものにフォークを差し入れている。エルトゥールのトレーにも同じ料理があると言いたいらしかった。
 つられてエルトゥールもフォークで切り分けて、口に運ぶ。ひき肉にマッシュポテトをかぶせて焼いたもので、味付けも好み。

「美味しい……! いくらでも食べられそう!」
「うん。そう、俺もそれで、つい食べ過ぎる。ま、食べたら動けばいいだけだ。エルトゥール様もしっかり召し上がってくださいね。その、簡単に倒れないように」

 最後に付け加えられた意味深な一言は、他の誰がわからなくても、二人の間ではしっかり通じる内容。

(迷惑をかけたから、忠告されても仕方ないけど……! 今日はもう、絶対に倒れたりしない。自分のことは自分で。自立へのたしかな歩み!!)

 自分自身に言い聞かせて、エルトゥールは強張った笑みを浮かべつつアーノルドに宣言する。

「もちろん、空腹で体力を消耗して倒れるなんてもってのほかですからね。しっかり食べようと思います。いただきます!」

 その言葉の通り、並べた料理に向き合う。
 これからあのハードな仕事をこなす二重生活を維持していかなければならないのだ。
 まずは今以上に体力をつけねば、と。

 視線を感じてアーノルドを見ると、やけに微笑ましそうににこにこと見られていた。
 エルトゥールは、咄嗟に気付いていないふりをして食べ続けた。
 別にアーノルドに対して思うところがあるのではなく、人前で彼と長く会話をしたらぼろが出てしまう、その一心だった。
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