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第18話 女子寮への帰り道

「女子寮に帰るときに、レベッカに窓から入れてもらうことになっているんですけど。できれば一人でどうにかしたいんです。何か良い方法ありますか」

 帰り道。
 月明かりの下、アーノルドと肩を並べて歩きながらエルトゥールから切り出した。

「部屋は、二階なんだっけ。窓の鍵を開けといて、木を登ればいいんじゃないか。エルは身軽そうだし、木登りくらいできそうだ」
「木登りですか……。窓の近くに、そんな都合よく枝を伸ばしている木がありましたでしょうか」

 入寮以来あまり部屋にいる時間がなかったせいで、窓の外の光景まで注意を払っていなかった。どうなっていただろう、とエルトゥールが真剣に記憶を追っていると、隣でアーノルドが噴き出す。

「本当に、エルは素直だな。『そういう方法じゃなくて』とは、言わないんだ」
「今の、からかっていたんですか。気付きませんでした。『子猫ちゃんなら楽勝だろ』って言われたら、さすがに私もからかわれていると気付きましたけど。木さえあれば、いけそうだと思ってしまって」
「木登りできるの?」
「やってできないことはないと思います。『身軽そう』っていうのは誉め言葉ですよね」

 正面から、足元のおぼつかない二人連れの男が歩いてきた。

(酔っ払い?)

 絡まれたくないなと警戒したところで、アーノルドに横から肩を抱き寄せられる。
 ぶつからないように、かばってくれたらしい。
 男たちとすれ違うと、それとなく腕は離れていく。

「とりあえず、今日は俺も女子寮経由で帰る。普段近づくことはないけど、実際に見てみたら、何か思いつくかもしれないし」
「ありがとうございます。助かります。だけど、誰かに見つかりそうになったら見捨てていってくださいね。殿下が女子寮に忍び込もうとしていたと噂が立ったら申し訳ない」
「そのときは、『我が麗しの婚約者殿の顔を見に来た』とでも言うよ。なんだったらあいつの部屋にかくまってもらうし」

(そうでした。女子寮には、婚約者のジャスティーンさんがいるんですよね! 二人はいつも一緒ですし、言い訳としても適切です)

 アーノルドが婚約者のジャスティーンを大切にしており、決して裏切らないであろうというのは、周知の事実。

 そのジャスティーンは、女生徒たちの憧れの存在であり、身近なところではレベッカが心酔しているのはエルトゥールもよく知っている。
 女性徒たちが公然とそれを表明できるのは、相手が同性でしかも婚約者がいるのが大きいはず。最初から、その憧れに「自分だけのものになってほしい」という願望が混じりようがないことが、生徒間で了解されている。

「婚約者がいるって、良いですね」

「そうか? 俺の方が少し早く生まれているんだけど、ジャスティーンがまだ母親のお腹の中にいるときから婚約自体は決まっていたんだ。『次に生まれてくる子は女の子です』とお抱えの魔導士が断言したせいで。第三王子と同じ年齢だし、都合が良いと話がまとまったと聞いている」

「羨ましいです。相手があのジャスティーンさんなら、不満なんて何もないじゃないですか。私なんか、ひどい縁談がきているんですよ。あ、いえ、忘れてください。さすがにこの愚痴は他国を貶すことになるし、万が一漏れたら国家間の問題になりかねないです。姉さまなら、『よろしい、ならば戦争だ』と乗り出していくでしょうけど、私は怒られます」

 それは少し控え目な表現であって、戦争の火種を撒いたら「怒られる」では済まされないのはエルトゥールも承知している。

「他国からの縁談か。エルも何かと大変だな」
「学費を自分で稼げと言われている時点で、察してください」

 エルトゥールは真面目に言い返したのだが、アーノルドは噴き出してひとしきり笑っていた。
 だが、ふと笑いを収めると「エル」と鋭く声をかけてきた。
 何事かとエルトゥールも視線をすべらす。
 学校近くの路地にて、暗がりに背の高い人影が二つ見えた。

(ジャスティーンさんたち……! 追いついちゃった!)

 白いドレスの小さな人影もいた。(体格が)子どもの足に合わせて、歩みが遅かったのかもしれない。
 アーノルドと、身をひそめるようにしてその動きを目で追った。

 * * * 

 人影のひとつは、学校の敷地内で二人から離れて行った。

(眼鏡を外していたからすぐにわからなかったけど、状況的にはマクシミリアンさん、だよね)

 アーノルドとは極力話さないで三人の後を追っていたが、男子寮に帰ったのだろう、とエルトゥールは確認するまでもなく結論付けた。
 問題は、ジャスティーンとリーズロッテが女子寮にどうやって帰るか、だ。

(ジャスティーンさん、男装して夜に出歩くのが、慣れている雰囲気だった。だとすれば、何か抜け出す方法を知っている。後を追えばその秘密がわかる……!)

 距離を置いて追いかけて、女子寮に近づいてからは、アーノルドとともに茂みに身を隠して二人がどう動くか確認しようと目を凝らしていた。
 その、エルトゥールたちの目の前で。
 ジャスティーンは背中にリーズロッテを背負って、木を登り始めた。するする、と軽快な動作であるが、ひと一人しがみつかせたまま登るというのは、尋常な膂力ではない。

「ジャスティーンさんは、何から何まですごすぎます……。私には、真似できません。かなり頑張らないと」
「真似はしなくてもいい。普通に、あれは危ない。あいつ、『木を登れば簡単だよ』なんて言っていたけど、マジだったのか。リズ落としたらどうするんだ」

 感嘆の溜息をもらすエルトゥールの横で、アーノルドは険しい声で言った。
 よほど婚約者とリーズロッテの身が心配らしい。
 予想外なことが起きたのはそのとき。
 ジャスティーンが一階を過ぎる高さまで登ったところで、少し離れた二階の窓のひとつがばん、と開いた。

「そこにいるのは……、ええっ、ジャスティーン様!?」
「レベッカ。こんばんは。見られちゃったね」

 外の気配を気にしていたレベッカが、不審に思って確かめてしまったようであった。

(こ、これどうなるんだろう)

 見守るエルトゥールの視線の先で、ジャスティーンは木から一番窓に近い枝に手をかけた。
 慣れた動作であったが、誤算はおそらくリーズロッテ一人分、いつもと重みが違ったこと。
 足を移動したところで、みしり、という生木が裂ける音がエルトゥールの元まで聞こえた。

(落ちる!?)

 飛び出しかけたが、背後から手を伸ばしてきたアーノルドに、闇雲に抱き寄せられる。

「大丈夫だから、出るな」

 エルトゥールを抱え込んだまま、アーノルドが耳元で囁いた。
 その言葉通り、ジャスティーンは背にしていたリーズロッテを抱え直して、ひらりと地上に飛び降りた。
 同時に、折れた枝が落ちる。

「ジャスティーン様!!」

 レベッカの悲鳴が響き渡った。
 ほどなくして、あちこちの窓のカーテンが揺れ始め、ぱたぱたといくつかの窓が開く。「ジャスティーン様!?」「素敵!!」「麗しい……」と、悲鳴が上がり、騒ぎはすぐに大きくなった。男装姿に、女性とたちが沸き立っているのだ。

「これは……、このどさくさに紛れて女子寮に戻ろうにも、外に出ていたのがバレそうだな。仕方ない、一端離れよう」

 ため息交じりにアーノルドが言った。
 状況的にはエルトゥールもそれしかないのはよくわかったが、思わず確認してしまう。

「離れるって、どこへ?」
「夜の学校に行っても仕方ない。男子寮だよ。今日は俺の部屋に来い」

 含むところは何もない、実直そうな口調でアーノルドはそう言った。
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