王子様カフェにようこそ!
第25話 おつかれさまでした
「お前ら、遅ーよ」
あらかた食事を終えた頃に、男装のジャスティーンと、眼鏡を外したマクシミリアンが現れた。
開口一番つっかかったのは、人外美形の素顔を晒したジェラさん。
マクシミリアンはぎょっとしたのが態度にも表れていたが、ジャスティーンはさほど動揺することもなく薄ら笑いを浮かべて言った。
「誰? 顔の造形に気合入り過ぎて、見るだけで目が痛いんだけど。こっち見ないでくれる?」
「おいふざけんなよ。目ぇ潰すぞこら。って言いたいところだが、さすがにお前のその顔には手を出しにくいな」
「ありがと。よく言われる」
ジェラさんに気迫でひけをとることなく堂々と渡り合い、にっこりと微笑むジャスティーン。
傍で聞いていたエルトゥールは「さすがです……!」と、気持ちの上では感涙にむせびなきたいシーンであった。だが、いざジャスティーンに視線を向けられると、避けるように帽子を目深にかぶり直して顔を逸らした。
(ジャスティーン様はなんとなく勘付いている気がするけど……、マクシミリアンさんは私のこと知らないんだよね)
シェラザードでエルトゥールが働いていること。アーノルドと個人的に親しいこと。
婚約者であるジャスティーンは黙認してくれているようだが、王子のお目付け役であるマクシミリアンが同じ判断をするとは限らない。
今この場で気付かれるわけにはいかない、と無関係なふりをして横を向く。
「まあ、なんだ。リズの護衛は今後俺に任せろ。学校からここまでの送り迎えも、なんだったら学校での生活も。全部」
「リズ、この顔面凶器は何? 変なこと言っているけど、リズはどう考えているの?」
ふんぞり返っているジェラさんに臆することなく、ジャスティーンはリーズロッテに問いかけた。
「このひとはですね……。こうして人型だと明らかにものすごく邪悪なんですけど、もとをただせば猫なので。それと、わたしには従順なんです。何か、わたしの内側に眠る力に逆らえないそうで」
食事中、ジェラさんがそんなことを言っていたのは、エルトゥールも耳にしていた。
(聖女に逆らえない、邪悪な何か。ジェラさん、やっぱりそれは「聖獣」というには無理があると思う。絶対暗黒系の何かだよ……)
エルトゥールとしても思うところはあったが、なまじ魔法の領域に関して少しだけ感じるものがあるだけに、絶対的な彼我の差はいかんともしがたく。
もし「聖女」であるリーズロッテが、その邪悪さを抑制できるというのならば、お願いした方が良いのでは、というのは感覚的に理解できていた。
それはリーズロッテ本人も心得ているのであろう。
護衛を買って出たジェラさんを拒絶することなく側に置くことで、監視するつもりなのかもしれない。
「リズがそう言うなら、その辺は俺も手が出せないことだし、任せる。ただ一応忠告はしておく。それ、男みたいだから。貞操は気を付けろよ」
「な……っ!! 当たり前じゃない、何言ってるのよ、ジャスティーンの馬鹿!!」
怒鳴り返したリーズロッテに対し、ジャスティーンは明るい笑い声を響かせて「気を抜くなよ」と言った。
その流れの中で、エルトゥールの帽子の上にさりげなく軽く手を置いて触れてから、離れて行く。
触れられたことに夢見心地になりつつ、エルトゥールは胸をおさえた。動悸がする。
(私もジャスティーン様みたいに、かっこいい女性になりたいです……)
少し離れた場所から、ジャスティーンとマクシミリアンの会話が聞こえてきた。
「あそこで潰れてるの、ドロシー先生に見えます」
「そうだね。あの茶色のふわふわ頭はそうだ。完全に潰れて、寝てる?」
聞き覚えのある名前が出て来たので、エルトゥールは思わず振り返った。
立ち話をしている二人の視線の先には、テーブルに突っ伏している女性客がいる。
そこに仕事を終えて奥から出て来たアーノルドが加わり、「あれなぁ」と困惑した口調で言った。
「男にふられてヤケ酒しているお一人様の女性客がいるとは聞いていたけど、先生か。結局潰れてるし……。もうすぐ閉店だ、放っておくわけにもいかない。マックス、連れ帰ってくれ」
「連れ帰ると簡単に言っても、どこまでですか。教職員寮?」
「そうだろうな。ジャスティーンが女子寮を抜け出てきたことを教師に知られるリスクを思えば、ここはマックスの方が適任だ。俺はまだこの後少し、用事がある」
「まあ、それなら。まずは声をかけてみます」
話がついたところで、マクシミリアンは酔客へと近づいて行く。
その背に、ジャスティーンが楽し気な口調で「先生だからね。手を出しちゃだめだよ」と声をかけた。マクシミリアンは大変迷惑そうな顔で「無いですね」と言い返している。
その様子を見ていたリーズロッテとジェラさんも席を立った。
「わたしもそろそろ帰ります」
「ジェラさんと……」
エルトゥールとしては少しばかり心配もあって声をかけたが、すばやく身を翻して戻ってきたジャスティーンが「今日のところは俺もいるから、大丈夫」と請け合い、三人で店を出て行った。
(あの美形二人に囲まれて全然負けていないってことは、私の「妹」もかなり相当の美人だよね。将来が楽しみ)
すっかりリーズロッテを「自分の妹」と認識したエルトゥールは、うんうん、とひとり頷く。
音も無く近づいてきていたアーノルドが、リーズロッテの座っていたカウンターの二番席に腰をおろして、ふう、と溜息をついた。
「俺たちも、少し間隔あけて店を出るぞ。エル、その足じゃ歩けないだろうし。背中貸す」
「背中……、背負って帰るんですか!? 重いと思いますよ!?」
「他にどうしろって言うんだ。お姫様抱っこがいいのか、お姫様だけに。俺はそれでも構わないが」
疲れているせいか、テンション低く陰々滅々とした声で返されて、エルトゥールは「ごめんなさい。お任せです」と小声で謝った。不用意に怪我をした自分が悪い、との自覚はあった。
ジャスティーンや、マクシミリアンに追いついて鉢合わせしない為の時間稼ぎか、アーノルドは座ったままぼんやりとしている。
その横顔にそっと視線を向けて、エルトゥールは口を開いた。
「私の一番上のお姉さまは、なんでも自分でやってみないと気が済まない方で。一番下の私が生まれたときに『自分が育ててみる』と言って、侍女たちを払いのけて、私を持ち歩いていたそうなんです」
「持ち歩く……?」
「はい。面倒を見ていたと本人は言い張っていましたが、侍女たちは気が気ではなかったそうで。どこに行くにも一緒だったとか。その姉さまが言っていたんですけど、手に持つよりも、背中に背負った方が安定感が良くて、疲れないそうです。私がある程度大きくなってからは、背負うのが断然楽だったと。だからですね、えーと……」
この話の結論は、つまり。
「向こう見ずなことをして、足を痛めてすみません。よろしくお願いします。背負う方で」
(アーノルド殿下に、結局迷惑をかけてしまう……)
今さらながらに後悔が湧き上がって来る。エルは申し訳なさに落ち込んだ。
しずかに耳を傾けていたアーノルドは、椅子の上でそっくり返って天井を見上げた。
「無茶をしたことに関しては、反省して欲しい。背負って帰るのは全然負担ではないから気にしないように。今日は何かとおつかれさまでした」
仕事終わりらしい挨拶にエルトゥールが顔を上げると、まさに目を向けてきたアーノルドと視線がぶつかる。
黒の瞳にやわらかな光を浮かべて、アーノルドは穏やかに微笑んでいた。
あらかた食事を終えた頃に、男装のジャスティーンと、眼鏡を外したマクシミリアンが現れた。
開口一番つっかかったのは、人外美形の素顔を晒したジェラさん。
マクシミリアンはぎょっとしたのが態度にも表れていたが、ジャスティーンはさほど動揺することもなく薄ら笑いを浮かべて言った。
「誰? 顔の造形に気合入り過ぎて、見るだけで目が痛いんだけど。こっち見ないでくれる?」
「おいふざけんなよ。目ぇ潰すぞこら。って言いたいところだが、さすがにお前のその顔には手を出しにくいな」
「ありがと。よく言われる」
ジェラさんに気迫でひけをとることなく堂々と渡り合い、にっこりと微笑むジャスティーン。
傍で聞いていたエルトゥールは「さすがです……!」と、気持ちの上では感涙にむせびなきたいシーンであった。だが、いざジャスティーンに視線を向けられると、避けるように帽子を目深にかぶり直して顔を逸らした。
(ジャスティーン様はなんとなく勘付いている気がするけど……、マクシミリアンさんは私のこと知らないんだよね)
シェラザードでエルトゥールが働いていること。アーノルドと個人的に親しいこと。
婚約者であるジャスティーンは黙認してくれているようだが、王子のお目付け役であるマクシミリアンが同じ判断をするとは限らない。
今この場で気付かれるわけにはいかない、と無関係なふりをして横を向く。
「まあ、なんだ。リズの護衛は今後俺に任せろ。学校からここまでの送り迎えも、なんだったら学校での生活も。全部」
「リズ、この顔面凶器は何? 変なこと言っているけど、リズはどう考えているの?」
ふんぞり返っているジェラさんに臆することなく、ジャスティーンはリーズロッテに問いかけた。
「このひとはですね……。こうして人型だと明らかにものすごく邪悪なんですけど、もとをただせば猫なので。それと、わたしには従順なんです。何か、わたしの内側に眠る力に逆らえないそうで」
食事中、ジェラさんがそんなことを言っていたのは、エルトゥールも耳にしていた。
(聖女に逆らえない、邪悪な何か。ジェラさん、やっぱりそれは「聖獣」というには無理があると思う。絶対暗黒系の何かだよ……)
エルトゥールとしても思うところはあったが、なまじ魔法の領域に関して少しだけ感じるものがあるだけに、絶対的な彼我の差はいかんともしがたく。
もし「聖女」であるリーズロッテが、その邪悪さを抑制できるというのならば、お願いした方が良いのでは、というのは感覚的に理解できていた。
それはリーズロッテ本人も心得ているのであろう。
護衛を買って出たジェラさんを拒絶することなく側に置くことで、監視するつもりなのかもしれない。
「リズがそう言うなら、その辺は俺も手が出せないことだし、任せる。ただ一応忠告はしておく。それ、男みたいだから。貞操は気を付けろよ」
「な……っ!! 当たり前じゃない、何言ってるのよ、ジャスティーンの馬鹿!!」
怒鳴り返したリーズロッテに対し、ジャスティーンは明るい笑い声を響かせて「気を抜くなよ」と言った。
その流れの中で、エルトゥールの帽子の上にさりげなく軽く手を置いて触れてから、離れて行く。
触れられたことに夢見心地になりつつ、エルトゥールは胸をおさえた。動悸がする。
(私もジャスティーン様みたいに、かっこいい女性になりたいです……)
少し離れた場所から、ジャスティーンとマクシミリアンの会話が聞こえてきた。
「あそこで潰れてるの、ドロシー先生に見えます」
「そうだね。あの茶色のふわふわ頭はそうだ。完全に潰れて、寝てる?」
聞き覚えのある名前が出て来たので、エルトゥールは思わず振り返った。
立ち話をしている二人の視線の先には、テーブルに突っ伏している女性客がいる。
そこに仕事を終えて奥から出て来たアーノルドが加わり、「あれなぁ」と困惑した口調で言った。
「男にふられてヤケ酒しているお一人様の女性客がいるとは聞いていたけど、先生か。結局潰れてるし……。もうすぐ閉店だ、放っておくわけにもいかない。マックス、連れ帰ってくれ」
「連れ帰ると簡単に言っても、どこまでですか。教職員寮?」
「そうだろうな。ジャスティーンが女子寮を抜け出てきたことを教師に知られるリスクを思えば、ここはマックスの方が適任だ。俺はまだこの後少し、用事がある」
「まあ、それなら。まずは声をかけてみます」
話がついたところで、マクシミリアンは酔客へと近づいて行く。
その背に、ジャスティーンが楽し気な口調で「先生だからね。手を出しちゃだめだよ」と声をかけた。マクシミリアンは大変迷惑そうな顔で「無いですね」と言い返している。
その様子を見ていたリーズロッテとジェラさんも席を立った。
「わたしもそろそろ帰ります」
「ジェラさんと……」
エルトゥールとしては少しばかり心配もあって声をかけたが、すばやく身を翻して戻ってきたジャスティーンが「今日のところは俺もいるから、大丈夫」と請け合い、三人で店を出て行った。
(あの美形二人に囲まれて全然負けていないってことは、私の「妹」もかなり相当の美人だよね。将来が楽しみ)
すっかりリーズロッテを「自分の妹」と認識したエルトゥールは、うんうん、とひとり頷く。
音も無く近づいてきていたアーノルドが、リーズロッテの座っていたカウンターの二番席に腰をおろして、ふう、と溜息をついた。
「俺たちも、少し間隔あけて店を出るぞ。エル、その足じゃ歩けないだろうし。背中貸す」
「背中……、背負って帰るんですか!? 重いと思いますよ!?」
「他にどうしろって言うんだ。お姫様抱っこがいいのか、お姫様だけに。俺はそれでも構わないが」
疲れているせいか、テンション低く陰々滅々とした声で返されて、エルトゥールは「ごめんなさい。お任せです」と小声で謝った。不用意に怪我をした自分が悪い、との自覚はあった。
ジャスティーンや、マクシミリアンに追いついて鉢合わせしない為の時間稼ぎか、アーノルドは座ったままぼんやりとしている。
その横顔にそっと視線を向けて、エルトゥールは口を開いた。
「私の一番上のお姉さまは、なんでも自分でやってみないと気が済まない方で。一番下の私が生まれたときに『自分が育ててみる』と言って、侍女たちを払いのけて、私を持ち歩いていたそうなんです」
「持ち歩く……?」
「はい。面倒を見ていたと本人は言い張っていましたが、侍女たちは気が気ではなかったそうで。どこに行くにも一緒だったとか。その姉さまが言っていたんですけど、手に持つよりも、背中に背負った方が安定感が良くて、疲れないそうです。私がある程度大きくなってからは、背負うのが断然楽だったと。だからですね、えーと……」
この話の結論は、つまり。
「向こう見ずなことをして、足を痛めてすみません。よろしくお願いします。背負う方で」
(アーノルド殿下に、結局迷惑をかけてしまう……)
今さらながらに後悔が湧き上がって来る。エルは申し訳なさに落ち込んだ。
しずかに耳を傾けていたアーノルドは、椅子の上でそっくり返って天井を見上げた。
「無茶をしたことに関しては、反省して欲しい。背負って帰るのは全然負担ではないから気にしないように。今日は何かとおつかれさまでした」
仕事終わりらしい挨拶にエルトゥールが顔を上げると、まさに目を向けてきたアーノルドと視線がぶつかる。
黒の瞳にやわらかな光を浮かべて、アーノルドは穏やかに微笑んでいた。