王子様カフェにようこそ!
第3話 ティム商会のブラッドリー氏
「これはこれはエルトゥール様、お早いお着きで。お待ちしておりました。本国のメリエム様からすべて承っております! 滞在中のことはすべて我が商会にお任せください。学校への編入手続きも済んでいますし、仕事もきちんと用意しておりますので、学費の心配も一切ご無用です!」
ブラッドリー氏は、栗色の髪に白髪交じりの、いかにもやり手商人といった好々爺であった。
顔を合わせるなり、手もみをしながら怒涛のように話し始めた。
案内されたのは商会の奥にある会長室で、少年はすでにいない。
エルトゥールは応接セットのソファに腰を下ろし、固い面持ちでブラッドリーと向き合っていたが、ふとその説明に違和感を覚えた。
(仕事? 学費?)
この国の王侯貴族が多く学ぶという寄宿学校には、「仕事」もカリキュラムにあるのだろうか?
そのエルトゥールの疑問は、すぐにブラッドリーによって明らかにされた。
「未来の女王メリエム様は、さすがにご賢明であらせられる。妹君であるエルトゥール様の将来を思えば、ここで厳しくするのが肝要とのこと。滞在中は姫様とて特別扱いはせず、平民同様にせよとのお達しが出ています。いえ、安心なさってください。ランカスター寄宿学校は国内外の要人の御子息に開かれた学び舎であるだけに、警備は万全。この街も治安は抜群に良く、なんと夜歩きもほぼ問題なくできます。ですので」
こほん、と咳払いをひとつしてから、ブラッドリーは続けた。
「メリエム様によれば、学費も自分で稼がせるように、とのこと。ですので、エルトゥール様には当商会が経営するカフェのスタッフとして働いて頂くことにしました! 昼間は学校で存分に学んだ上で、休日と夜間はしっかりと働いてください。忙しくなりますよ!」
「カフェのスタッフ? 私がですか?」
エルトゥールは空色の瞳を瞠って尋ねたが、ブラッドリーは忙しなく頷きながら立ち上がると、自分の書き物机に向かい、何かを取って引き返してきた。
「これがカフェの制服です。かっこいいと評判ですよ。業務内容に関しては、経験豊富な先輩がついていますから、安心してください」
渡された制服は、白のコックコートに黒のズボン。群青無地のぱりっとしたエプロン。
「これ……、私の勘違いでなければ男物ではないでしょうか」
エルトゥールの旅装は「利便性」を兼ねてズボンの男装だったが、出国前に多少詰め込んだ知識によれば、この国では女性は普段スカートを身に着けているはず。この制服は、何かが違うように見える。
しかしブラッドリーは、力強く頷くのみ。
「さすがに、姫様がその御身分のままカフェで働くというのはあまりよろしくないので、変装して頂くのです。仕事中は男性で通してください。その、姫様のお見た目であれば、決して無理ではありません」
「女に見えないと」
ぱん、と何かを誤魔化すようにブラッドリーは手を打ち鳴らした。
「ということで、まずは早速カフェを案内させて頂きます。スタッフを呼んでいますので、わからないことはすべて彼に聞いてください。アル、入ってきなさい」
ブラッドリーが声を張り上げると、廊下に通じるドアが軽い軋み音を立てて開いた。
そこに立っていたのは、黒髪で長身の、見覚えるのある少年。
「さっきの」
言いかけたエルトゥールに、アルと呼ばれた少年は満面の笑みを浮かべてみせる。
「新人が入るって聞いていたけど君だったのか。よろしく、俺はアル。カフェでは厨房スタッフとして働いている。君の名前は?」
爽やかすぎる問いかけに、エルトゥールは呆然としつつなんとか答えた。
「エルトゥールです。よろしくお願いします……?」
ブラッドリー氏は、栗色の髪に白髪交じりの、いかにもやり手商人といった好々爺であった。
顔を合わせるなり、手もみをしながら怒涛のように話し始めた。
案内されたのは商会の奥にある会長室で、少年はすでにいない。
エルトゥールは応接セットのソファに腰を下ろし、固い面持ちでブラッドリーと向き合っていたが、ふとその説明に違和感を覚えた。
(仕事? 学費?)
この国の王侯貴族が多く学ぶという寄宿学校には、「仕事」もカリキュラムにあるのだろうか?
そのエルトゥールの疑問は、すぐにブラッドリーによって明らかにされた。
「未来の女王メリエム様は、さすがにご賢明であらせられる。妹君であるエルトゥール様の将来を思えば、ここで厳しくするのが肝要とのこと。滞在中は姫様とて特別扱いはせず、平民同様にせよとのお達しが出ています。いえ、安心なさってください。ランカスター寄宿学校は国内外の要人の御子息に開かれた学び舎であるだけに、警備は万全。この街も治安は抜群に良く、なんと夜歩きもほぼ問題なくできます。ですので」
こほん、と咳払いをひとつしてから、ブラッドリーは続けた。
「メリエム様によれば、学費も自分で稼がせるように、とのこと。ですので、エルトゥール様には当商会が経営するカフェのスタッフとして働いて頂くことにしました! 昼間は学校で存分に学んだ上で、休日と夜間はしっかりと働いてください。忙しくなりますよ!」
「カフェのスタッフ? 私がですか?」
エルトゥールは空色の瞳を瞠って尋ねたが、ブラッドリーは忙しなく頷きながら立ち上がると、自分の書き物机に向かい、何かを取って引き返してきた。
「これがカフェの制服です。かっこいいと評判ですよ。業務内容に関しては、経験豊富な先輩がついていますから、安心してください」
渡された制服は、白のコックコートに黒のズボン。群青無地のぱりっとしたエプロン。
「これ……、私の勘違いでなければ男物ではないでしょうか」
エルトゥールの旅装は「利便性」を兼ねてズボンの男装だったが、出国前に多少詰め込んだ知識によれば、この国では女性は普段スカートを身に着けているはず。この制服は、何かが違うように見える。
しかしブラッドリーは、力強く頷くのみ。
「さすがに、姫様がその御身分のままカフェで働くというのはあまりよろしくないので、変装して頂くのです。仕事中は男性で通してください。その、姫様のお見た目であれば、決して無理ではありません」
「女に見えないと」
ぱん、と何かを誤魔化すようにブラッドリーは手を打ち鳴らした。
「ということで、まずは早速カフェを案内させて頂きます。スタッフを呼んでいますので、わからないことはすべて彼に聞いてください。アル、入ってきなさい」
ブラッドリーが声を張り上げると、廊下に通じるドアが軽い軋み音を立てて開いた。
そこに立っていたのは、黒髪で長身の、見覚えるのある少年。
「さっきの」
言いかけたエルトゥールに、アルと呼ばれた少年は満面の笑みを浮かべてみせる。
「新人が入るって聞いていたけど君だったのか。よろしく、俺はアル。カフェでは厨房スタッフとして働いている。君の名前は?」
爽やかすぎる問いかけに、エルトゥールは呆然としつつなんとか答えた。
「エルトゥールです。よろしくお願いします……?」