聖獣さまの番認定が重い。~不遇の令嬢と最強の魔法使い、だいたいもふもふ~

第17話 猫だから

「リーズロッテさんの猫、可愛いー♡ あの、猫だよね? ちょっと大きいけど」
「すごい美猫ー。目が綺麗。吸い込まれそう」

 学校内にて。
 授業と授業の間の移動中、廊下でそれまで話したことがない同学年の女生徒たちに囲まれて、リーズロッテは固まってしまっていた。
 理由は猫。
 朝起きても部屋にとどまっていたジェラさんが、そのままリーズロッテについてまわっているのだ。
 女生徒たちに可愛い可愛いと言われてご満悦のようで、妙なしなを作り、片目を瞑って愛想や色気を振りまいている。※猫のままです。

「わぁ、表情が猫っぽくない!」
「にゃあ」“猫じゃないからな!”

 どきっと胸が痛いほど鳴って、リーズロッテは息を止めてしまった。
 んにゃ? とジェラさんがすかさず足にまとわりついて、猫っぽい声を出してくる。
 その様子を微笑ましそうに見ていた女生徒のひとりが、しゃがみこんでジェラさんの顔をのぞきこんだ。

「ふふふ、リーズロッテさんに甘えているのかな。動作が人間っぽいというか、自分を人間だと思っているみたいね。素敵な猫さん、リーズロッテさんを守っているのかな?」
「にゃあ!」“伴侶だからな!”

 とっさに、リーズロッテは腰をかがめながらジェラさんの口をむぎゅっとおさえた。

(変なこと言わないで~~!! 聞こえてはいないと思うけど、「エルさん」みたいに魔力を持つひとが紛れていないとも限らないんだから~!!)

 口封じをしたついでに首を抱え込む格好になってしまい、ジェラさんにはにやりと微笑まれてしまう。

“情熱的だな。いいのか、人前だぜ? 俺は構わないけど” 

 ぱた、と手を離して、リーズロッテは立ち上がった。

(猫なのに表情筋自由自在過ぎない? というか、さっきから伴侶だなんて好き勝手言って!!)

「言葉もわかっているみたい。素敵な猫さんね」
「にゃあ」“しかもこう見えて俺、世界最強だぜ”

 二重音声で聞こえるセリフは聞こえないものとして、リーズロッテは親しげに話しかけてくる同級生にぎこちなく微笑んでみせた。

「しつけに不安があるので、失礼します。何をするかわからないので」
「ひっかくとか、噛み付くではなく、『何をするかわからない』って。心配性なのかしら。でもリーズロッテさんには懐いているのよね?」
「懐いているといいますか……」

 つきまといです、と本当のところは言えない。
 ジェラさんは人間になれば「何かものすごい魔導士らしい」のは事実であって、無碍にしないことにしただけだ。
 何しろ、自分が外敵に対してとんでもなく無力であるの、前の晩の騒動で骨身にしみてわかったばかり。
 店員の「エルさん」は、足をひきずるほどに怪我をしてしまっていた。自分を守ろうとしての怪我だと思うと本当に申し訳なく、せめて今後は「使えるものは使う」つもりで、ジェラさんが近くにいるのを受け入れることに決めたのだ。
 決して、ほだされたわけではない。断じて無い。

「今まで、リーズロッテさんとなかなか話す機会がなくて。これからも、無理はしないでいいけど、話しかけても大丈夫かしら。あの、私、猫が好きなの」
「猫好き……。そうでしたか。はい。わたくしもお話出来てよかったです」

 まばゆいばかりの女生徒たちの笑顔を前に、真実を話すことはできず、リーズロッテは極めて穏当なことを言った。
 そのまま、皆が自己紹介がてら名前を名乗っていき、それぞれの授業へと向かう為に別れる。
 全員の姿が見えなくなり、一人と一匹になると、どっと力が抜けた。緊張していたらしい。

“この調子で友達百人できそうだな”
「多いわ」
“なんだ、友達より信者がいいのか?”
「どういう勘違いなの」

 傍目には「にゃあにゃあ」といかにも懐いて見えるであろうジェラさんと不穏当な会話を交わしつつ、リーズロッテは「魔法学」の授業へと向かう為に歩き出す。
 校舎の中でも、静まり返って人気のない一角。
 廊下の角を曲がれば、もはや誰ともすれ違わない。
 もう慣れたその道をたどり、ドロシーの研究室にたどりついた。

(まずは先生に、ジェラさんのこと相談しよう。先生も興味ありそうだったし、場合によってはジェラさんにも授業に協力をしてもらうとして)

 心に決めていつものようにドアをノックしても、返事がない。

「先生、いませんか?」

 リーズロッテはおそるおそるドアを開ける。
 そのとき、目の前にさっとひとが立った。

「お待ちしていましたよ、リズお嬢さん。『魔法学』のドロシー先生は用事で出ています。すぐには戻られないようですので、少し私に付き合っていただけませんか」
「デヴィッドさん」

 どうしてここに、とリーズロッテは警戒をあらわにしたものの、続く一言に牽制されてしまう。

「いま、屋敷にクララお嬢さんをお招きしているんです。その件でリズお嬢さんにお話があります。クララさんを無事にご自宅まで帰したければ、この誘いは断らないように」

 * * *

「先日は邪魔が入りましたが。ぜひともリズお嬢さんには私の熱意をわかって頂きたく、ですね」

 研究室に足を踏み入れると、中にいたのはデヴィッドだけではなかった。
 三人の男性が薬品棚やテーブル周りと、思い思いの場所に立っている。
 さほど強くはないが、押し寄せてくる目に見えない波のようなものを感じた。

(魔導士……? 前回わたくしが『魔法』を使ったと思い込んでいて、いざとなれば魔法で対抗できるように、頭数を揃えてきたということかしら)

「熱意も何も。わたくしとしましては、父にクララの婚約自体考え直すように進言するつもりです。ジャスティーンからすでに話がいっている頃と思いますが。クララがあなたのお屋敷にいるというのも、嘘では?」

 ほう、と感嘆したような息を漏らしながら、デヴィッドは目を細めた。
 大げさな仕草で両手を広げ、喉を鳴らして笑う。

「強気なところも実に愛らしい。この状況を見ても、まったく動じないということは、やはりリズお嬢さんは『聖女』として目覚め、魔法を使いこなせるようになられたということかな」
「仮にそうだとしても、それはあなたには関係ないことです」
「それは水臭いですよ。私たちは夫婦になるのだから」

 ぺし、とリーズロッテの足にジェラさんの前足がのせられた。

「にゃあ」“処していいのか”
「『処す』ってどういう意味?」

 自分を見上げている深緑色の瞳を見下ろし、リーズロッテは素直に聞き返してしまう。
 それから、傍目には猫と会話しているようにしか見えないことに気づいて、顔を上げた。

「あなたと夫婦には、なりません」“すでに俺の伴侶だ”

 即座に足元から声が上がり、リーズロッテは再び猫を見下ろした。

「ジェラさん、黙って」「にゃあ“照れるなよ”」
「照れてるわけじゃないわ」「にゃあ“可愛いな”」
「会話を成立させて」「にゃあ“愛している”」

 こほん、とデヴィッドに遮られてリーズロッテは再び我に返る。
 完全にジェラさんにつられて、存在を無視してしまっていた。

「とにかく、わたくしもクララもあなたと縁を結ぶことはないでしょう。こんな風に二人で……でもなく、あなたはまるで脅すかのように人を引き連れてきていますが。わたくしと、気安く話そうとしないでください。たとえ婚約していたとしても、こんな対応は迷惑ですし、非常識です」
「にゃあ……!!“たとえでも婚約なんて言うな。死ぬほどむかつく”」

「リズお嬢さん、さっきからそのしつけのなっていない猫はなんですか。にゃあにゃあとうるさい」

 デヴィッドに鋭く指摘され、うっ、とリーズロッテは横を向いた。
 つい、「猫がうるさいのは事実です。申し訳ありません」と謝りそうになったが、少しでも隙を見せてなるものかの一心で耐える。
 一方、デヴィッドは不快そうに眉をしかめ、手下の男に「つまみだせ」と吐き捨てるように命じた。
 ひとりの男が近づいてくる。
 そのとき、ジェラさんから空気を歪ませるほどの何かがゆらりと立ち上った。

“身の程というものを教えてやろう”

 数歩の距離で、男が立ち止まる。
 顔に戸惑いを浮かべて「その猫は?」と呟いて、動揺のままにデヴィッドを振り返る。

「なんだ。ただの猫じゃないのか? 猫ごときに臆するのか我が魔導兵は」

 ジェラさんの放つ気配には気づいていないらしく、デヴィッドが呆れた様子で近づいてきた。

(ただの猫じゃないですから! 怪我をするのはあなた……え?)

 目の前で、ジェラさんがひょいっと抱え上げられて、リーズロッテは目をみはった。
 捕まっていた。

「捨ててこい」
「ジェ、ジェラさん……!?」「にゃぅ“たすけて”」

 ぽいっと手下に渡され、哀れっぽくリーズロッテに目を向けてきたジェラさんを前に、リーズロッテは声にならない悲鳴を上げる。
 先程までさんざん「世界最強」だのなんだの言っていたはずなのに。

「みゃあぁん……“に、人間の姿にならないと、力が”」
「どうすればいいの!? どうすれば」
「にゃ“キスを……”」

 真剣に聞き返してしまったリーズロッテだが、前のめりになりかけていた姿勢を正した。
 にゃあ“キスを”にゃあ“してほしくて”にゃあ

「にゃああああん!!」 

(ジェラさん、この期に及んで、まだそんなことを……!)

 いい加減にして欲しい。
 だが、デヴィッドの罠だと知りながらも、この場から即座に逃げる算段をしなかったのは「ジェラさんがいれば」という計算があったのは、否定できない。
 そのジェラさんに見返りを要求されるのも、ある意味では当然のこと。
 キス。
 覚悟を決めて、リーズロッテはジェラさんを抱えている男の元へと駆け寄った。

「猫だから、よしとしましよう……!!」
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