聖獣さまの番認定が重い。~不遇の令嬢と最強の魔法使い、だいたいもふもふ~
【第二章】

第7話 新しい生活

「ジャスティーンは、本当に女子寮で暮らしているのね」

 ランカスター寄宿学校。
 海に面した賑やかな港町の街中に位置する、王侯貴族や裕福な家の子らが通う全寮制の学校。
 その女子寮にて、自分に割り当てられた部屋に案内されたリーズロッテは、付添のジャスティーンに思わずそう言った。
 旅行鞄を片手に、もう一方の手でドアをおさえてリーズロッテを先に部屋に通した「公爵令嬢」ジャスティーンは、廊下に人影がないのを確認してから答える。

「もちろん。少し話そう。普段は女生徒の部屋には入らないようにしているんだけど、今だけお邪魔する」
「どうぞ。と言っても、まだ何もない部屋……」

 笑いながら部屋に一歩踏み入れたリーズロッテは、視線をめぐらせて口をつぐんだ。
 板敷きの、さほど広くない部屋。備え付けらしい木製のデスクと椅子があり、窓にはレースのカーテンがかかっていて、グリーン地に白い小花と野いちご柄のカーテンが金糸のタッセルでとめられていた。ベッドにも同柄の布がかけられている。
 リーズロッテの目を引きつけたのは、壁にかけられた制服であった。
 紺色のジャケットに、同色のプリーツスカート。体の小さなリーズロッテに合わせて仕立てられたものだ。

「準備してくれていたのね」
「伯爵家にも、きちんとリズのこと気にかけてくれていたひとはいるよ。本人の寸法を測ることはできないから、こっそり今着ている服を送ってもらって調べた。クローゼットにも、必要なものは一通り揃っている。さて、というわけで、話なんだけど。リズは椅子に座って」

 ジャスティーンがデスクの椅子をすすめてくる。
 リーズロッテは素直に従って座り、あまり近づいてこないジャスティーンを見上げた。
 距離を置いたまま、ジャスティーンは低めの声で話し始めた。

「まず、リズも知っての通り私は現在アーノルド殿下の婚約者だ。卒業まではこのまま『女性』として通す。その後は……、命までは奪われないが、病気療養などを理由に、表には出られない身となる。別の名前や肩書が用意され、場合によってはどこか遠くへ行くことになる。外国とか」

 極めておさえた口調で、顔色も変えずに言う。ほとんど無表情のまま。リーズロッテは、感情を抑えながら、了解の意味で頷いた。
 納得は、していない。

(「女性」で通す……。ジャスティーンは、王家と公爵家の都合で、本来は「男性」でありながら運命を捻じ曲げられて、その後は放逐されるだなんて)

 ジャスティーンは、リーズロッテの不安を取り除くように、ほんのりと笑みを浮かべた。

「なにせ私たちの婚約は、私が生まれる前に成立してしまった。第三王子として、いずれ臣籍降下するアーノルド殿下の後ろ盾に公爵家がつく、という目的で。それこそ、王家お抱え魔導士が『公爵夫人のお腹の中の子は、女子で間違いありません』と断言してしまったらしいからね。いざ生まれてみたら『男』だったわけだけど、対外的には伏せたまま、婚約を解消することもなく今に至る。だが、さすがにこのまま結婚するわけにもいかない。だから、終わりが決められた。私がリズの近くにいられるのも、今から卒業までの一年だけ。その間は、できる限りのことはするから安心して。同じ屋根の下に暮らしているのだから」

 ずきずきと、胸が痛んでいる。
 穏やかなジャスティーンの代わりに、自分が泣いたり喚いたりしてはいけないと思いつつも、どんどん顔が強張っていくのがわかった。

「ジャスティーンも、『魔法』に人生を狂わされている……」

「どうだろう? 今まで公爵家の生まれとして、だいぶ良い思いもしているよ。教育は受けていて、教養も十分に身に着けてきた。卒業後自分の力で生きていけといわれたとき、他の同年代の男に比べればかなり恵まれていると思う。その意味では、『公爵家の人間』として生きていく道が絶たれているとはいえ、客観的にはそこまで悪くない。リズも、私の心配はしなくていい。実はもう、卒業後を見越して、色々な仕事に手を出している」

 さらりと言われて、リーズロッテは「仕事?」と大きく目を見開いた。
 ジャスティーンは得意げに片頬に笑みを浮かべて、力強く頷いた。

「私のような人材を、この国の大人たちはそうそう遊ばせる気はないらしい。裏側にもお仕事はたくさんある、と。密偵その他……、クララの婚約者に関する知識もその辺からきてる。あの件は、きちんと調べておくからひとまず任せて。ちなみに『裏のお仕事』には殿下も噛んでるんだな~」
「殿下も?」

 ここぞとばかりに、ジャスティーンはにやりと笑った。

「そう。情報交換や取引の時に使っているカフェがあるんだけど、殿下もそこで働いているんだ。国の機関から、腕の立つ人間がかなりスタッフとして入っているから安全とはいえ、一般客にも繁盛しまくりなんだよね。ふつーに料理屋のひとりとしてめちゃくちゃ働いてるよ、殿下。面白いよ。今度一緒に行こうね」
「殿下がカフェ?」

(なんで王子様なのに、カフェ……?)

 情報交換や取引、ということは国の諜報機関御用達、もしくはその機関そのものという意味として受け取って良さそうだが、「ふつーに料理屋のひとりとしてめちゃくちゃ働いている」の意味がわからな。想像もできない。
 驚いて言葉少なになったリーズロッテに対し、してやったとばかりにジャスティーンはいたずらっぽく片目を瞑った。

「『カフェ・シェラザード』だ。学校から道も単純でわかりやすいし、迷っても人に聞けば誰でも知っている。リズひとりでだって行けちゃうよ」

 とは言っても、もちろん出かけるときは私に声をかけてね、とジャスティーンは言い添えていたが、その言葉はリーズロッテの耳を素通りしてしまった。
 すでに、「どんなところだろう?」と忙しく思いを巡らせてしまっていたせいであった。

(ジャスティーンたちは、あと一年で卒業してしまう。それまでにわたくしも、あまりひとに頼らずに外の世界で行動できるようになるのは大事よね。そんなに遠くなくて、着けば殿下もいて、安全な場所だというのなら、行ってみても大丈夫かしら……?)
< 7 / 18 >

この作品をシェア

pagetop