身代わりの婚約者 姉のお見合い相手と婚約(仮)したら、あこがれの人から求愛されました
奈緒と叶奈
麻子はすぐに回復して、退院した。
退院の翌日には仕事に復帰しようとしたので、譲からストップがかかったくらい元気になっている。
今日は奈緒がアメリカから帰国する日だ。
迎えに行った崇が医師に体調を確認したら、帰国しても問題ないと言われたからだ。
奈緒はそろそろ安定期らしい。
松尾家の応接室で、叶奈と麻子はじっとソファーに座っている。琴子はまだ姿を見せていない。
(奈緒、まだかな)
叶奈がじりじりとした気持ちを抱えていたら、玄関チャイムの音が重々しく響いた。
ピクッと麻子の肩が揺れる。
「やっと、奈緒に会えるのね」
小さな声で麻子がつぶやいた。幼い頃に手離した奈緒を忘れたことはなかったのだろう。
今日はいつになく硬い表情で、麻子の緊張が叶奈にも伝わってくる。
応接室のドアが開くのをドキドキしながら待っていたら、琴子の悲鳴のような声が聞こえてきた。
「奈緒! ああっ! あなた、なんてこと」
「奥様!」
家政婦も大きな声をあげている。
叶奈と麻子は何事かと、玄関に急いだ。
そこには廊下にうずくまる琴子と、それを支えようとする家政婦の姿があった。
崇と奈緒は玄関を入ったところで立ち尽くしていた。
「な、奈緒?」
麻子が呼びかけた。
叶奈とそっくりな顔。背丈も同じくらいだ。
ゆったりしたオーバーブラウスで隠しているが、そのお腹はふっくらとしている。
「お母さん?」
「奈緒!」
麻子が駆けだした。
奈緒の前まで走り寄って、ギュッと抱きしめている。
「「会いたかった」」
お互いに、同じ言葉を口にしている。
奈緒はポロポロと涙を流しながら「お母さん」「お母さん」と繰り返すだけだし、麻子はなにも話せないようで、ただうなずいている。
「さあ、中に入ろう」
抱き合うふたりに声をかける崇の目元も。いつもより赤いようだ。
叶奈はただぼんやりと父母と姉を眺めていた。
ドラマの一場面のようで、まだ現実のこととは思えない。
自分には姉がいたんだと、うれしいような照れくさいような不思議な気持ちが込みあげてくる。
「……なんてこと」
やっと気を取り直したのか、琴子が家政婦に支えられながら立ち上がった。
「とにかく、こちらにいらっしゃい」
琴子のひと言で、皆がダイニングルームに集まった。