〜Midnight Eden〜 episode3.【夏霞】
Act1.片蔭、暴く
楕円形のプールの周りをテラス席が囲っている。東京の夜景が一望できる渋谷のカフェアンドバーに集まる人々は、今宵も夜風に吹かれながら酒と雑談を楽しんでいた。
賑やかな笑い声が飛び交うプールサイドの一角に笑顔ではない女がひとり。
「だいたいさぁ、別れ話の時に私が好きな人できた? って聞いても、あいつ“そうじゃない”って言ったんだよ。なのに別れた2週間後のゴールデンウィークにもう浮気相手と休日デートしてるじゃんっ!」
「元カレも馬鹿な男だよねぇ。なんでもインスタに載せるからバレるんだよ」
眉間にシワを寄せて、玉置理世はビールのグラスを空にした。理世の話に相づちを打つのは柴本香乃、職業はネイリスト。
美容師の理世が勤務するヘアサロンと同じビルに香乃が勤めるネイルサロンがある。二人は美容専門学校の同期だ。
酒の肴《さかな》は理世の元カレの愚痴。
事の発端はまだ東京に桜が咲いていた2ヶ月前。その日は理世の彼氏の彰良《あきら》が好きなアーティストのライブの日だった。
やっとチケットが取れたと喜んでいた彰良を、いってらっしゃいと朝のメッセージのやりとりで見送った。
ライブ会場に立ち寄る前に撮影した桜の写真を彰良は自分のインスタグラムに載せていた。同じ写真が理世のトークアプリにも送られてきているが、写真を見た理世の心は騒ぎ始める。
──この桜の写真を撮った時、彼は本当にひとりだった……?──
当然、ライブはひとりで行くものだと思っていた。他に連れがいるとは聞いていない。
「彼氏が浮気してるかもって直感した時の女の洞察力と情報収集能力舐めんじゃねぇぞぉっ!」
「そういう時の女の勘の良さと嗅覚の良さね。あれは探偵か刑事になれるよね」
所謂《いわゆる》、虫の知らせは本当にあるらしい。トークアプリに送られた桜の写真を見た時に鳴り始めた、理世の心の警告ブザーは日増しに音が大きくなっていった。
あのライブの日を境に彰良の連絡頻度が減っていった。電話での会話もよそよそしく、メッセージの返信も遅くなった。
彰良の挙動に不信感を覚えた理世は、彰良のインスタのフォロワーから非公開アカウントを除くすべてのアカウントを閲覧した。
そうして見つけた。彰良と全く同じ場所の桜の写真を、同じ日付でインスタに載せていた女のフォロワーがいる。
女のインスタでの名前はユミ。
彰良のツイッターでもユミは相互のフォロワーだった。
「彰良は、私にはツイッターを知られてないとでも思ってたみたいだけど、彰良とインスタ繋がってる地元の友達のツイッターを探れば、彰良のツイッターなんか簡単に見つけ出せるのにね」
「彼女にアカウントを知られていないと思い込んでるツイッターで、女とライブ行く約束してたのも馬鹿だね」
「ねぇー。ツイッターでのチケットの譲渡って私はよくわからないけど、余ったチケット譲ってもらう話から、二人で一緒に行くことになったみたい。“予定が空いてるなら一緒に行きませんか? ライブはナマモノですし”……ってユミから誘ってた。それにホイホイ乗りやがって」
SNSがない時代なら隠し通せたかもしれない疚《やま》しいやりとり。
どこで誰が誰と何をしたのか、リアルタイムで情報が流れるSNSは対人関係の脆さを浮き彫りにする。
賑やかな笑い声が飛び交うプールサイドの一角に笑顔ではない女がひとり。
「だいたいさぁ、別れ話の時に私が好きな人できた? って聞いても、あいつ“そうじゃない”って言ったんだよ。なのに別れた2週間後のゴールデンウィークにもう浮気相手と休日デートしてるじゃんっ!」
「元カレも馬鹿な男だよねぇ。なんでもインスタに載せるからバレるんだよ」
眉間にシワを寄せて、玉置理世はビールのグラスを空にした。理世の話に相づちを打つのは柴本香乃、職業はネイリスト。
美容師の理世が勤務するヘアサロンと同じビルに香乃が勤めるネイルサロンがある。二人は美容専門学校の同期だ。
酒の肴《さかな》は理世の元カレの愚痴。
事の発端はまだ東京に桜が咲いていた2ヶ月前。その日は理世の彼氏の彰良《あきら》が好きなアーティストのライブの日だった。
やっとチケットが取れたと喜んでいた彰良を、いってらっしゃいと朝のメッセージのやりとりで見送った。
ライブ会場に立ち寄る前に撮影した桜の写真を彰良は自分のインスタグラムに載せていた。同じ写真が理世のトークアプリにも送られてきているが、写真を見た理世の心は騒ぎ始める。
──この桜の写真を撮った時、彼は本当にひとりだった……?──
当然、ライブはひとりで行くものだと思っていた。他に連れがいるとは聞いていない。
「彼氏が浮気してるかもって直感した時の女の洞察力と情報収集能力舐めんじゃねぇぞぉっ!」
「そういう時の女の勘の良さと嗅覚の良さね。あれは探偵か刑事になれるよね」
所謂《いわゆる》、虫の知らせは本当にあるらしい。トークアプリに送られた桜の写真を見た時に鳴り始めた、理世の心の警告ブザーは日増しに音が大きくなっていった。
あのライブの日を境に彰良の連絡頻度が減っていった。電話での会話もよそよそしく、メッセージの返信も遅くなった。
彰良の挙動に不信感を覚えた理世は、彰良のインスタのフォロワーから非公開アカウントを除くすべてのアカウントを閲覧した。
そうして見つけた。彰良と全く同じ場所の桜の写真を、同じ日付でインスタに載せていた女のフォロワーがいる。
女のインスタでの名前はユミ。
彰良のツイッターでもユミは相互のフォロワーだった。
「彰良は、私にはツイッターを知られてないとでも思ってたみたいだけど、彰良とインスタ繋がってる地元の友達のツイッターを探れば、彰良のツイッターなんか簡単に見つけ出せるのにね」
「彼女にアカウントを知られていないと思い込んでるツイッターで、女とライブ行く約束してたのも馬鹿だね」
「ねぇー。ツイッターでのチケットの譲渡って私はよくわからないけど、余ったチケット譲ってもらう話から、二人で一緒に行くことになったみたい。“予定が空いてるなら一緒に行きませんか? ライブはナマモノですし”……ってユミから誘ってた。それにホイホイ乗りやがって」
SNSがない時代なら隠し通せたかもしれない疚《やま》しいやりとり。
どこで誰が誰と何をしたのか、リアルタイムで情報が流れるSNSは対人関係の脆さを浮き彫りにする。