雪が舞う頃に
《藤原さん、突然で申し訳ございません。今日学校が終わったら、桜川駅で待っていていただけませんか? お迎えに上がります》
雪が舞う12月のある日のこと。
もうすぐクリスマスだと浮かれている同級生たちを横目に部室である数学科準備室へ向かい、顧問の浅野先生が来るのを待っていた。しかしあまりにも来ないため、暇潰しにスマホを取り出すと、そのようなメッセージが視界に飛び込んできたのだった。
受験する大学も決まり、今はその目標に向けての勉強をする毎日だ。友達とも遊ばずに、放課後は数学補習同好会で大嫌いな数学の勉強をして、家に帰ればその他の科目の勉強をする。
このメッセージの送り主である『彼氏』と最後に直接会ったのは七夕の頃で、2学期が始まってからは連絡すら取っていない。
大学に合格しなければ元も子もない——、『彼氏』にそのように言われて、最初こそは反抗をしてしまったものの、当たり前だが正論だった。
寂しくて辛くてどうしようもなかったけれど、私は『彼氏』と距離を置くことに渋々賛同したのだ。
だから、本当に久しぶりだったんだ。
このようにメッセージが届くこと自体が。
しばらくスマホの画面を呆然と見つめていると、数学科準備室の扉が静かに開いた。そうして「お待たせ!」と言いながら入ってきた浅野先生は、私の向かいに座って怪訝そうな表情を浮かべる。
「藤原さん!? どうしたの?」
「え?」
「なんで、泣いているの?」
浅野先生はすぐにまた立ち上がり、そっと私の目元に指を差し出してきた。しかし私はその指を軽く押し退けて顔を背ける。
まさか、涙が零れていたとは思わなかった。
自身の指で目元を拭い、口角を上げて浅野先生の方を向く。そして「彼氏から久しぶりのメッセージです」と静かに告げた。
「……早川先生?」
「そうです」
私、藤原真帆は、1年と2年の時に数学担当だった早川裕哉先生とお付き合いをしている。
2年間、数学補習同好会でも早川先生から数学を教わっていたのだが、3年生になる前に早川先生は他校へ異動となってしまった。
高台にある、ここ桜川高校から目視できる距離の学校——、桜川工業高校が早川先生の赴任先だったが、近いようで微妙な距離感が高い壁だった。なかなか会えずに、お互いに幾度なくすれ違ってしまい何度も喧嘩をした。
ようやく和解し、これからだという時に訪れたのが私の大学受験。人生はそう上手くいかないと、高校3年生にして妙に実感した。
目の前にいる浅野先生は泣きそうな顔をしていた。
浅野先生は早川先生のことが嫌いだ。というのも、浅野先生はなぜか私のことが好きだかららしい。
数学教師を呼び寄せてしまう謎のスキルを持つ私だが、今のところ百発百中、数学教師から恋愛感情をぶつけられている。今年赴任してきた早川先生の友達——、木嶋先生もまたその1人だったけれど、それはまた別の話。
何も言わない浅野先生を横目に、私はスマホをしまって数学の問題集を取り出した。
早川先生には後で返信をしよう、そう頭で考えて今日やるべきページを開く。すると、それと同時にまた数学科準備室の扉が開いた。入ってきたのは、木嶋先生だ。
「藤原さん、お疲れ様です」
「こんにちは」
微かに笑みを浮かべて自分のデスクに向かう木嶋先生のことを、浅野先生は涙目で睨みつける。
もう慣れたけれど、ここの2人も決して仲は良くない。できれば私を巻き込まずに、勝手にしてくれたらいいのだけれど……その願いは2人の数学教師には届かなかった。
私は筆記用具を手に取り、問題集に視線を向ける。
3年生になり、早川先生と物理的に距離が離れてから、私自身は以前よりも冷静になっているような気がした。