雪が舞う頃に

 部活が終わり足早に学校を飛び出す。誰もいない長い坂を駆け下りながらスマホを鞄から取り出し、早川先生に電話を掛けた。

『おかけになった電話番号は——』
「……早川先生」

 またスマホをしまって、私が出せる最大限の力で走り抜けていく。
 ひらひらと舞い降りていた微かな雪は、長く続くアスファルトたちを薄らと白く染め始めていた。



 急いで桜川駅に辿り着くと、駅前の駐車場には見慣れた車が停まっていた。息を整える間もなくその車に駆け寄り、運転席側の窓を軽くノックする。文庫本を読んでいた早川先生はその音で顔を上げ、私と目を合わせると嬉しそうに車に乗り込むようジェスチャーをした。

「……早川先生」
「真帆さん、お久しぶりです」

 助手席に乗り込み、鞄を膝の上に置く。すこし唇を尖らせてわざとらしく「電話、無視です」と呟くと、先生は焦りながらポケットからスマホを取り出した。
 どうやらマナーモードになっていたらしい。
 スマホの通知にある『不在着信』の文字に、先生は小さく溜息をついて私に謝罪をしてくれた。

 ——大方、5か月ぶりだろうか。
 久しぶりに見た早川先生は、さらに格好良さが増していた。相変わらず七三分けをしているが、その髪は無性に艶々としており、すこし顔を動かすだけで軽そうに揺れ動く。

「真帆さん、お元気ですか?」
「……先生こそ——」

 お元気ですか……そう継ごうとした言葉は、込み上げてきた涙でなかったことにされる。
 意思とは関係なく零れ落ちる涙を制服の袖で拭っていると、先生は自身のポケットから小さなハンカチを取り出して、そっと私の目元を拭いてくれた。

「……急に呼び出してしまい、申し訳ございません。もうすぐクリスマスだと思うと……僕は貴女に会いたくて、どうしようもなかったです」

 先生はいつもこうだ。自分から「距離を置こう」と提案をするのに、決まってそれを覆すのは先生自身なのだ。
 私以上に堪え性がない。そう思い内心で笑っているけれど、実際はこうやって会えるのが嬉しくて堪らない。

「私も会いたかったです。裕哉さん、ご連絡ありがとうございました」

 小声でそう呟くと、優しい笑みを浮かべた先生はそっと顔を近づけてキスをしてくれた。久しぶりに触れた先生の唇は、柔らかくて温かい。


 桜川駅を出て、先生はどこかに向かって車を走らせ始める。
 久しぶりの再会なのだ。積もる話もあったはずなのに……いざ先生を前にすると、何を話せばよいのかが分からなくなっていた。

 運転をしている先生はずっと前を見据えている。どこに向かうのかも分からない。

「……真帆さん、大丈夫ですか?」
「……」

 先生の左腕をそっと抱きしめて、頬を摺り寄せた。
 寂しかった。辛かった。私はまったく大丈夫ではない——、伝えたかったその言葉は吐き出さずに、唾と一緒に飲み込む。
 昔の私なら、感情に任せて先生のことを責め立てただろう。しかし私も成長している。そのような自身の感情を伝えてもどうしようもないことくらい、私には分かっていた。

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