雪が舞う頃に
クレープを買って出店を後にし、喧騒からすこし離れた場所にあるベンチに移動した。先生はチョコバナナ、私はキャラメルいちごだ。
甘い物が大好きな先生は、キラキラと目を輝かせながらクレープに大きくかぶりつく。幸せそうな先生の表情に、単純な私はまた目に涙が浮かんだ。
「……いただきます」
軽く目元を拭い、私もクレープにかぶりつく。
生クリームとキャラメルの甘さといちごの甘酸っぱさがとても美味しい。その美味しさにまた、浮かんでいた涙が一筋零れ落ちた。
「……裕哉さん。こうやって会うのは、5か月ぶりくらいですかね?」
「そうですね。前回は7月頃だったと記憶しております」
先生はずっと正面を向いたままイルミネーションを眺めていた。
私も同じようにイルミネーションを堪能したと思うのに、涙が視界を滲ませてそれどころではない。
先生に対する様々な感情が溢れ出て、止まらなかった。
どう頑張っても抑えられない私は、その感情を静かに言葉にする。
「……長かった」
「え?」
「会えない期間が長すぎて、辛かったです」
先生の体にもたれかかり、自身の頭を預ける。そのまま再度クレープにかぶりつくも、溢れて止まらない涙のせいで鼻が詰まり、せっかくの美味しいクレープの味を、私は感じることができなくなっていた。
制服の裾で涙を拭い、震える体を抑えながら声を絞り出す。私は先生の方を向くことができなかったけれど、先生はまっすぐ私の方を見つめていた。
「受験勉強も大切ですけど、それでも、それ以上に寂しかったです。感情を抑えて、我儘は言わないように勉強を頑張ってきました。でもやっぱり本音は……裕哉さんに会いたかった……」
唇を噛みしめて、悲しそうな表情を浮かべていた先生は、周りのことなど考えず、先生は私の頭を優しく掴んで唇を重ねてきた。
荒くも優しさが滲む接吻に、自身の体から力が抜けていくような気配がする。
「真帆さん……」
さらに先生の体にもたれかかりながら、何度も唇を重ねる。
ふいに見つめた先生の目からも、涙が零れ落ちていた。
「僕が提案した手前、言えませんでしたけれど。本当は僕だって辛くて、苦しかった。会う約束をしなくても傍にいた環境がどれほど幸せだったのか——、嫌になるほど実感しました」
食べかけのクレープはベンチの上に置き、お互いに痛みを感じるくらい強く抱きしめ合う。
正直、ここまで人を好きになるとは思っていなかった。
会えないと苦しくて、会いたくて、辛くて。愛おしくて大切で、相手を想うと涙が零れるなんて、想像もしていなかった。
気が付かないうちに先生の存在が、言葉では言い表せないくらい大きな存在となっていたみたい。
「……今日は、初雪でした。僕、雪を見ると真帆さんを思い出すのです」
「……え?」
抱きしめ合ったまま顔を横に向けて、舞っている雪を眺める。今もまだ光に照らされ、ひとつひとつがキラキラと儚く光を放っていた。
「雪が舞ったら、真帆さんに連絡しましょうかな……なんて、柄にもないことを思ったりしました」
「……」
「大好きなんです、真帆さん……」
今日が終われば、また受験まで会わない日々が始まる。
たかが〝受験まで我慢〟をすればいいだけ。そう思うのに、やはり辛く悲しい。
毎日、先生に会いたい。
そう思えば思うほど、思いが溢れて止まらない。
「真帆さん。受験に成功したら、制限はなくなります。残り期間はあと僅かですから。それまで真帆さんにはお勉強を頑張っていただき、合格した暁には、盛大にお祝いをしましょう」
先生の胸に顔を埋めて、さらに強く服を握る。そして先生のすべてを体中に刻もうと、深く呼吸を繰り返し、先生を全身で感じようとした。
受験が終わるまで、会えなくても大丈夫なように。
無事に合格して、一緒に喜んでもらえるように。
舞う雪がしだいに強まり、イルミネーションを見ていた人たちも暖かい場所を求めて移動をしていた。
寒さに体が震え、顔を上げて先生を見つめる。
その頬は、寒さで紅く染まっていた。
「真帆さん、冷えます。車に戻りましょう」
「……はい」
食べかけのクレープを手に持ち、ふたり一緒に立ち上がる。
大好きな先生と想いを共有し合った私は、不思議とここへ来たときよりも、心が軽くなっているような気がした——。
雪が舞う頃に。 終