lavender girl 【あの日の君を探して】
 10月の大阪はまだまだ暑い。 油断していると水道から微温湯がザワーっと出てくるくらいだ。
それに舌打ちしながら顔を洗う。 そして古い畳の上に寝転がる。
 友達という友達も居るはずは無く、俺はまるで迷い猫みたいになっている。
時々、あのばあちゃんがお菓子を持って愛想を振り撒くくらいのもんだ。

 (女か、、、。 清美はどうしてるかな?) 一度は手紙を出してみたが忙しいのか返事は来ない。
戻ってくることも無いから住所は変えていないらしい。
 今日は土曜日である。 バタバタと4時過ぎまで取材やら文書作りやら細かな仕事をしている。
「6時過ぎたら飯を食いに行こう。」 キョトンとして聞いている俺に吉永さんはまた笑い出した。
 「心配すんな。 お楽しみはその後や。 腹が減っては戦は出来んでなあ。」 「そっか。 そういうことか。」
「何や? 俺が連れて行かんとでも思たんか?」 「そんなことは、、、。」
「可愛い弟子が来てくれたんや。 世話くらいさせてくれよ。」 そう言いながら吉永さんはお茶を飲むのであった。

 さてさて、その夜は初めてのブラリ旅である。 夜も賑やかな大阪の街を歩く。
「お前、心斎橋に行ったこと有るんか?」 「まだ無いです。」
「素直でよろしい。 心斎橋はな、買い物のメッカや。 覚えとけ。」 「はい。」
 中の良さそうなカップルが腕を組んで歩いていく。 「どや? お前も彼女くらい欲しいんとちゃうか?」
「そうですねえ。」 「そうやったら はよ売れっ子になれ。 売れっ子になったら頼まんでもぎょうさん若いのが付いてくる。」
「吉永さんはどうなんですか?」 「俺か? 心配すんな。 召使がたーっくさん居る。」
 話しながら心斎橋から道頓堀へ抜ける。 「ここは飛び込みのメッカやなあ。 虎が勝ったらここで禊をすんねんで。」
「ここで?」 「そや。 何驚いとんねん? テレビで見たんとちゃうか?」
「そういえば、、、。」 「ここはなあ、虎が勝ったらほんまに賑やかになる。 渋谷にも負けとらんで。」
あのtとhの野球帽をかぶったおっちゃんたちが話しながら歩いている。 その中を擦り抜けて俺たちは食堂へ入った。
 「美味いもん ぎょうさん有るから好きなもん食え。」 吉永さんは上機嫌である。
そんなわけで賑やかな食堂で腹を満たしているのだが、、、。

 その頃、清美はというとデパートの店員になって初めてのハロウィンを迎える準備をしていた。
「月末にはハロウィンだからね。 今から準備して売り尽くすのよ。」 先輩店員が数か月前から品定めをしておいた商品を確認している。
「3階はイベントコーナーでしょう? 商品が届いたらみんなで手分けして並べるからね。」 清美は数人の女子社員と一緒に宣伝用のポスターを作っていた。
家に帰ってもあれやこれやとアイデアを手帳に書き込み、描いている。 (これでどうかなあ?)
 カボチャの絵を描きながら清美はまたまた溜息を吐いた。 (絵には自信無いんだよなあ。)
書き掛けの絵を破り捨てて布団をかぶる。 気付いた時には寝息を立てている。
 朝になると疲れた顔で味噌汁を飲み、デパートへ向かう。 そしてまた悪戦苦闘を始めるのである。
「おはようございまあす。」 「今日も元気ねえ。」
同期で入った女の子たちが売り場へ散らばっていく。 それを見ながら清美はまたカボチャの絵を描くのであった。

 「さて出ようか。」 腹を満タンにした吉永さんは颯爽と歩いていく。
「これから何処に行くんですか?」 「岸和田や。」
「あのだんじり祭りで有名な?」 「そや。 そこになあ安い店があんねん。 お前を招待したるわ。」
 阪和線に飛び乗ってガタゴト揺られながらの旅である。 俺は満腹なのと揺れるのとで眠くなってきた。
 「おいおい、寝たらあかんでよ。 可愛い姉ちゃんに会いに行くんやで。 会いたくないんか?」 「会いたい。」
「じゃあ、もうちっとや。 辛抱せい。」 「はーい。」
 電車が岸和田の駅に着くともうすっかり夜である。 駅前通りから3本ほど裏に入っていく。
「こんな所に有るんですか?」 「もうちっとや。 可愛い子を紹介したるからな。」
 吉永さんは知り合いでも居るんだろうか? 自信たっぷりに俺に言うんだ。
街灯がちらほらと建っている辺りに来た。 「ここや。 入るで。」
 〈西野屋〉という古い看板が下がった建物の前に来た。 「入るでよ。」
ドアを開けるとカウンターにおばさんが一人。 雑誌を読みながら煙草を吹かしていた。
 「おばちゃん 遊びに来たで。」 「おー、吉永君やないか。 元気か?」
「おばちゃん 今日なあ新米を連れてきたんや。 ええ子を付けたってくれや。」 「新米?」
「そうや。 俺の可愛い弟子やで。」 「ふーん。 あんたに弟子なあ。」
 おばちゃんは俺の顔をじーーっと見詰めてからテーブルに置いてある受話器を取った。 「常連さん来たで。 洋子ちゃん居てるか?」
話をしながら俺の顔をチラッチラッと見ている。 「ああ、そんでなあ今日は新人さんも来てはるからそうやなあ、、、、真理子ちゃんは居てるか? おーおー、それやったら二人でよろしく頼むわ。」
 電話を切るとおばちゃんは再び俺の顔を見た。 「兄ちゃんには真理子ちゃんを付けたるから存分に遊んで行ってや。」
吉永さんは、、、、と思ったらカウンター横のドアから出てきた女と夢中になって話している。 そこへ真理子という女が出てきた。

 「初めまして。 真理子です。 よろしゅうお願いします。」 何処となく大阪離れした感の有る女である。
俺は緊張しまくったまま女の後を付いて行った。 階段を上がると部屋が並んでいる。
 早くから来ている客も居るらしい。 笑い声とか甘い声とか、とにかく聴いたことの無いようないろんな声が聞こえてくる。
(吉永さんは、、、?) そうは思ったがもう何処かの部屋に入っているらしい。
(余程の常連なんだな。) 慣れない店の中で俺も覚悟を決めなければ、、、。
 「この部屋です。 どうぞ。」 真理子が鍵を開ける。
[百合の間]と書かれた札が下がっている。 扉を開けて中へ、、、。
 「今晩はこの部屋で楽しんで行ってくださいね。」 和室が有る。
その向こうには浴室らしい部屋が見える。 和室の隣には寝室が用意されていて浴衣が下げられているのが見えている。
 (ここは、、、?) 俺が緊張して固まっていると、、、。
「お兄さんは初めてなんですね? 私に任せてください。」 〈慣れてるから大丈夫よ。〉と言いたそうな顔である。
「時間は?」 「明日の朝までですよ。」
「明日の朝?」 「そう。 つまりはお泊りです。 ご存知なかったですか?」
「いや、俺は初めてで何も知らないから。」 「そうですか。 遊んだことも無いんですね?」
 真理子は晩酌の準備をしながら俺を見た。 その目が何かを訴えていた。
「さあさ、飲みましょう。」 当てをテーブルに並べていく。 少しの刺身と煮物が出てきた。
 「お兄さんは何を飲まれますか?」 「日本酒を、、、。」
真理子の寂しそうな眼にドキッとした俺は思わず日本酒を選んでいた。 普段はビールを飲んでいるのに、、、。
 「私がお酌しますね。」 慣れた手つきで徳利から猪口に酒を注ぐ。
刺身を摘まみながら猪口で日本酒を、、、。 (こんなのもいいもんだな。)
 それにしても女と向かい合って酒を飲むということがこれほどに緊張するものだとは、、、。
「お兄さんは大阪の人ですか?」 「俺、実は九州育ちなんだ。)
「へえ。 九州は何処ですか?」 「福岡です。」
「福岡か、、、。」 「どうかしたの?」
「別れた彼氏が福岡生まれだったんですよ。」 「そんなことも有るのか。」
 酒を飲んでいると真理子が俺の隣に座った。 そして手を握ってきた。
「今夜はたくさん遊んで行ってくださいね。」 「遊ぶ?」
「そう。 私を何回抱いてくれてもいいわ。」 「それじゃあお金が、、、。」
「大丈夫よ。 連れてきてくれたお兄さんが全部払ってくれてるから。」 「そうか。 そうなのか。」
 俺がぼんやりしていると何処かに行っていた真理子が戻ってきた。 すっかり浴衣に着替えている。
「可愛いね。」 「そう? 褒めてくれて嬉しいわ。」
 どれくらい時間が経ったのだろう? 真理子は俺にもたれて熱い息を投げてきていた。
いつの間にか腕時計もポケットに仕舞い込んでいたし時間を気にすることも無くなっていた。
 酔いも回ってきたし眠くもなってきた頃、真理子は俺に浴衣を持ってきた。
そして二人で寝室へ向かうのである。 見ず知らずの男と女がベッドに入るのだ。
 俺は真理子のリードに体を任せていた。 そして二人揃って甘い夢に落ちていったのだ。





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