528ヘルツの奇跡
 朔間くんと二人きりの室内。カラオケなんて親としか来た事がないから、ドキドキしてしまう。それに、お互い私服だからなんか変な感じ。

 彼は慣れているのか気にしてないのか、いつもと同じように淡々と録音の準備をしている。それをじっと見つめ過ぎてしまったのか、目が合ってしまった。

「発声とか練習、しなくて大丈夫? そろそろ始めようと思うけど」

「あ! う、うん、する! ごめん!」

 慌てて課題の本のページをめくる。

 心臓はドキドキしたままだった。

 何度かNGを出してしまい撮り直しはしたけれど、部屋の使用時間内には終える事が出来た。二時間のコースにしたから、あと残り三十分くらい。

 朔間くんが、カラオケなんだから余った時間で最後に何か歌うか? なんて聞いてきたけどそれは断った。言い出しっぺの朔間くんも歌う気はないみたいだった。

 ドリンクバーで入れてきたオレンジジュースを飲みながら、時間までぼんやり。朔間くんはアイスコーヒー飲んでる。

「――予選、通るといいな」

「うーん……別に通らなくてもいいけど」

 私の後ろ向きな返事に、朔間くんは少し笑った。

 部屋のモニターに小さな音で宣伝画像が流れているだけで、部屋は静かだ。歌わないけど何か曲を流しておけば良かった。何処かの部屋で誰かが、絶叫しながら歌っているような声が微かに聞こえてくる。

 二人とも、ただ黙々とドリンクを飲んでいた。

 朔間くんとは朗読の事以外では、あまり話したりしていない。でもそれで気まずくなったり、嫌だなって思ったりはしない。ムリに話さなくていい、っていうのが気楽だ。

 朔間くんもそうだといいな……
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