528ヘルツの奇跡
 そんな朔間くんを見て、ふっと思い出した。

 前に、テレビのドキュメンタリーで観たけど、海を泳ぐクジラにも迷子がいるんだそうだ。仲間に聞こえない、誰にも聞こえない、52ヘルツで鳴く迷子のクジラ。

 世界一孤独なクジラっていうんだって。

「やりたくなければ、やらなくていいと思う」

 思わずそんな言葉が口から出てしまった。朔間くんも驚いてこちらを見た。

「今やりたくないなら、やりたくなるまで待てばいいし、本当にやりたくなかったらやめちゃえばいいんだよ、きっと」

「……全然、説得力がない」

「えっ?!」

 今度は私が驚いて朔間くんを見た。

「今、やりたくない事、無理してやってるの、森さんだろ」

「そ、それは……」

 それはそうだ。朗読コンテスト、出たくないのに出ようとしてる。考えてみれば、エントリーは取り消し出来ないけど、熱が出たとかで当日欠席してしまえばよかったんじゃ。

 それなのに、どうして私は出ようとしているんだろう? 自分で自分が分からない。

 口ごもってしまった私に、朔間くんはふっと笑った。

「まあ、いいや。ありがとう、森さん」

 そう言って彼がグイッとアイスコーヒーを飲み干した。

「ねえ、俺の事、『蒼太(そうた)』って呼んでよ。俺も森さんの事、『文香(ふみか)』って呼ぶから」

「えっ?! なんで?」

「俺たち、もう友達だろ?」

 朔間くん――蒼太くんがニッと笑ったのと同時に、部屋の使用時間終了を告げる電話が鳴った。





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