528ヘルツの奇跡
「――じゃあ、次の音読はえーと、森、立って。森文香、十五ページ目から読んで」
どうか、どうか、当たりませんように……心の中でそう祈っていたのに、出席番号順の無情。先生の口から私の名前が面倒くさそうに吐き出された。
中学二年になってから、国語の授業は最初の十分間に先生の選んだ本を生徒が音読する、というのが習慣になっていた。声に出して読むことにより、脳が活性化されるとかなんとか。
順番は公平に出席番号順。だから今日自分が当たる事は、時間割を数えればとっくに決まっていた事だった。
先生が私の机に本を置いてしまったので、それを手に渋々と立ち上がった。諦めるしか仕方ない。
けれど――
「聞こえませーん!」
私が音読を始めてすぐだった。クラスの誰かがそんな声を上げた。それを合図に、みんながクスクスと笑った。
「そうだなあ、森! もう少し、腹から声出して読んでくれ」
悪気ない先生の言葉にまた笑い声。晒し者みたいで恥ずかしくて、私は返事もせずにうつむいた。顔が熱い……
もう一度、今度は俯きながらだけど、自分なりにさっきより大きな声で読み始めた。
しかしまた、クスクスと笑い声が聞こえた。
「変な声……」
笑い声の中に混ぜ込まれたその言葉は、投げつけられた石のように剛速球で私の耳に飛び込んだ。瞬間――
どぼん! 落ちてしまった海の中。
「どうした、森? もう少し続き読んで」
あの声は、先生には聞こえなかったようだった。先を読むように促されたが、苦しい、苦しい。もうどうしても声が出ない……
静まり返った教室。わずかでも動いてしまったら全てが崩壊するような気がして、私は震える手で本を持ち俯いたまま立ちつくす。 やがて、先生のため息がひとつ。