528ヘルツの奇跡
「印象的で耳にスッと入ってくる声だ。とても素敵だと思います。声を使う仕事を将来してもしなくても、きっと貴方の財産になる」
「財産……?」
「まだ中学生でしょう? 貴方には可能性がある。いろいろな事に挑戦して、頑張ってください」
なんだろう、このおじさん……励まして、くれたのかな……?
私がポカンとしているうちにおじさんは、呼びに来たスタッフらしき人と一緒に控室を出ていってしまった。
「文香、大丈夫か?」
隣にいた蒼太くんが、呆然としている私を気遣ってくれた。
「う、うん……」
「……もしかして、コンテストに出ようか辞めようか迷ってる?」
蒼太くんは、いつも私の心を見透かす。
剛里兄妹に酷いことを言われ、出るのを辞めようかと、また思ってる……
でも、あのおじさんの言葉――きっと貴方の財産になる、って言ってくれた事が心を揺らしていた。
私は、自分の声が大嫌い。だけど、それはいつか財産になるの? よく分からなかったけど……
「迷ってるなら、出た方がいい」
蒼太くんは、ハッキリとそう言ってくれた。
◇◇◇
あと三人。子供部門が二人、そのあと中高生部門が始まるから、その二人目が私だ。もう待機していなさいってスタッフさんに言われ、舞台袖にいる。
ずっと迷っていたけれど、出場への最後の一押しをしてくれたのは、蒼太くん。「迷っているなら出た方がいい」そう言ってくれたんだ。控室でおじさんに言われた言葉も、確かめてみたくもあった。
だから私は今、舞台袖にいる。
蒼太くんは付き添いだから控え室で別れ、今は一人だ。だけど……早々と舞台袖に来てしまった事をもう後悔している。