528ヘルツの奇跡

「文香の声は、俺には528ヘルツなんだって思う。だから絶対に大丈夫、うまくいく!」

 蒼太くんは両手にギュッと力を入れて握ってくれた。男の子っぽい、大きなゴツゴツした手。感じる温もりが、私を安心させてくれる。

「……ありがとう、蒼太くん」

 奇跡の周波数……本当にそうなれるといいな。

「うん、頑張れ! 観覧席から見てるから」

 蒼太くんはそう言うとパッと手を離し、台本を渡してくれた。そして席の方へ戻っていった。

 まだ……心臓がドキドキしてる。でも、これは緊張とは違うもの。もっと温かくて優しい感情。

 私にとって528ヘルツは、蒼太くんだ。

 ステージの方からパチパチと拍手の音が聞こえてきた。子供部門が終わったようだった。





◇◇◇

 名前を呼ばれて、足から崩れ落ちそうなくらい緊張がはしった。舞台袖から見えるステージは、ライトに照らされキラキラして見える。

 今から私はそこへ行くんだ……

 蒼太くんから貰った台本と、勇気を握りしめて、私はステージへ進んだ。

 するとそこで思わぬ事が起こったんだ。

 観覧席の最前列はこのコンテストの関係者が座っている。朗読を審査してくれる審査員数名が中央付近の席。

 その真ん中に、控え室のあのおじさんが座っていた。胸に『審査委員長』って札が付いてる。

 今回の審査委員長は、ベテラン声優さんだって聞いている。でもテレビとかに顔出ししないって、テレビをあまり見ない私でも名前は知っている有名な人。

 あのおじさんがその声優さんだったの?!

 通りで……控え室で私はあまり喋ってなかったのに、私の声のことを言っていたのが少し不思議だった。

 でも審査委員なら納得できる。おじさんはきっと、予選に送った私の朗読の音声を聞いていたんだろう。

 ステージの真ん中、マイクのあるところに立つと、おじさんと目が合った。おじさんは、おどけたようにニコリと笑った。その様子に、私の緊張とこわばりがスルスルと溶けてゆく。

 さっき蒼太くんとやったように、目を閉じて、大きく息を吸って吐く。胸を張り前を見据え。

 そして私は、ゆっくりと朗読を始めた。





◇◇◇
< 26 / 28 >

この作品をシェア

pagetop