あの子はメルヘンチック
天使の恋人にレベルアップするべく、隣から密かにアピールを続ける日々。進展を求めて夜な夜な泣いていた俺だが、天はまたしても味方した。
溢れる恋心のプールでじたばたバタフライしていた俺に、恋人昇格ミラクルチャンスが巡ってきたのだ。
「今日の課題は隣の人をデッサンして提出することです。くれぐれも、合法的に視姦できるからと調子に乗らないように。──特にそこの、大路結弦くん」
選択授業、美術。
隣の人をデッサン! なんて素晴らしい時間だ! 考えた人に地球をプレゼントしてもいい!
どうしてか名指しで注意してくる先生を無視して、合法的に真正面から眺められる権利を獲得した俺はにこにこで天使のご尊顔を拝む。
「(ああああ゛〜〜っ! カワイ゛イ゛〜〜!!)」
「……姫井さん、頑張ってください」
「えっ」
木製のイーゼルに用紙を固定するカルタンを置いて画用紙をセット。立体を平面上に表現するためにあらゆる角度からモデルを舐め回してオッケーな時間。
美術室からひそひそ聞こえる「メルヘンちゃんかわいそすぎないか」「眉垂れすぎてるぞ」「いつか捕まるだろあのポンコツ王子」などの心無い言葉も無敵の俺はスルーだ。
「……っ、」
クリーム色のふわふわの髪。
庇護欲を掻き立てる潤んだ大きな瞳。
桃色のほっぺと熟して食べ頃な小さな唇。
神様、ありがとう。
────ゴンッ!
「い゛ってぇ……!」
「はい、セクハラ現行犯逮捕〜」
しかし、幸せな時間も長くはない。
鈍い音と共に頭上に痛みが降ってきたことで、天使とふたりきりのご褒美タイムは終わってしまう。
「なにすんだ、クソ綾人」
完全に天使に気を取られていた俺は、背後から躊躇なく拳骨を振り下ろした友人を涙目で睨む。そして恨みがましい顔で殴られた自身の頭をいたわった。
「いや、それは俺のセリフだわ。まじ何してんだポンコツセクハラ犯が。美術室にいるクラスメイトのドン引きした顔見えてねえのか」
「見てない」
「……じゃあ、今お前がデッサンしてる天使の表情をよく見ろ」
「かわいい」
ゆるりと頬を緩ませて答えれば、ゴンッ、と俺の脳天にまた拳骨を落とす綾人。
何すんだコノヤロウ! 俺の優秀な脳細胞が死ぬだろ!