あの子はメルヘンチック
俺の方が、どんどん愛おしさの深みに嵌っていく。
木陰の模様が足元にいくつもあり、食べかけのクレープを口に運ぶと、溶けた液体になったバニラアイスが甘い生地に染み込んでいて食べにくかった。
話しすぎたせいで、今にも崩壊しそうなクレープをお互いに必死に咀嚼する。美味しさよりも甘さが勝っていて、なんかもうよく味が分からない。
「める、今度もっかいクレープリベンジしませんか」
「賛成です。足元にいる蟻さんたちの方が、わたしたちのクレープを味わってました」
同じ気持ちだったのか、食べ終えたクレープの包みを小さく折りたたんだ天使が力強く頷く。
もはや凶器である天使の可愛さに「はうあ」と心臓を両手で押えつつ、俺は次回の約束も取り付けたことをにまにまと口角を緩ませて噛み締めた。
蝉時雨が、みんみんみん。
自販機にあった冷たいお茶を買って、口の中の甘さを緩和し、緑陰の下で多幸感に包まれながら、お互いのことを交互に話す。
あれこれ歓談していると夏の遅い夕暮れがもうやってきて、俺は名残惜しさを感じつつ「もうそろそろ帰ろうか」と紳士ぶってベンチから立ち上がった。
──そこで、なにか夏の魔物らしきものに背中を押された俺は、ふと口を開く。
「あのさ、める」
「ん?」
「さっきの、める以外にはもう絶対しないね」
空のペットボトルをゴミ箱にシュートする。
まだ記憶から消されるほど時間は経ってないため、俺の言葉で出来事もやり取りもを思い出すだろう。天使が甦る羞恥心で頬を紅潮させていた。
けれど、すぐに天使は怪訝そうに可愛い眉を寄せるので結弦くんはしょんぼりする。
「……どうして? 別に、しないでって強制したわけじゃないよ。気にしてるなら──」
「ううん、違うよ。俺がそうするって決めたの」
あれが焼きもちだったら、嬉しいから。
たとえ少しでも、俺を意識させるチャンスがあるなら付け入りたいだけ。ただ、それだけ。
「める以外には、もう触んねえよ」
言葉の後、サァ、と夏の魔物が通りすぎた。
虚をつかれたようにきょとんと固まる天使の頬を、指先でぷにっと触る。柔らかくて気持ちいいなと何回か優しくつんつんしてから、潔く離れた。