〜Midnight Eden〜 episode4.【月影】
 警視庁五階の廊下に足音が響いている。徒競走でもするように、足並みの揃わない二人分の足音が床に刻まれた。

『なんで俺がお前と肩並べて歩かないとならないんだ』
『ぐちぐち言ってないで歩け。一課長の呼び出しで遅刻なんかできないぞ』

九条は南田と口喧嘩しながら、共に五階の第三会議室に向かっている。伊吹大和を帰した直後、二人は上野一課長から呼び出しを受けた。

『お前が伊吹にぶちギレてる時、伊吹が神田さんを見ていたのに気付いたか?』
『そこまで自分を見失ってねぇよ。あのボンクラクソ息子、うちの神田をやらしい目で見やがって』

 美夜に向けられた大和の粘着な視線に気付けないほど、頭まで沸騰していたわけではない。あの時、腕に触れていた美夜の微かな震えがこちらまで伝わってきた。

強姦事件を起こした男に、あんな風に品定めの視線を送られたら刑事でも怖くなる。気丈な美夜が気味悪がるのは無理もない。

『刑事でも身体は女だ。彼女のこと気を付けてやれよ』
『お前に言われなくても、いざという時は俺があいつの盾になる』
『そういう恥ずかしいことを昔からサラッと言うから嫌いなんだよな』
『別に南田相手に言ってないだろ。お前の盾になんか一生なってやらねぇぞ。自分の身は自分で守れ』

 第三会議室の扉を前にしてもどっちがノックをするかで小声で揉め、結局はジャンケンをして南田がノックの権利を勝ち取った。

『失礼します』

緊張の面持ちで入室した九条達を迎えた上野は、何故か笑いを堪えている。

『どちらがノックをするかはジャンケンで決めたのか?』
『一課長……聞こえていましたか?』

 廊下でのやりとりが筒抜けだと知った九条は赤面し、南田は額を押さえて狼狽える。とうとう上野は快活に笑い出した。

『歳はとっても耳は衰えちゃいない。廊下はもう少し静かに歩けよ』
『はい……。申し訳ありませんっ!』

 頭を下げて謝罪する二人を穏やかに諭した上野は、九条と南田に着席を促した。上野の隣席に腰を降ろした九条達の前に二つのスマートフォンが置かれる。

『スマホですか?』
『お前達が捜査で使っているものと同じ、警視庁が契約しているスマホだ。このスマホを使ってやってもらいたいことがある』
『何を……?』
『端的に言えば、データ収集のための被験者だ』

上野は二台のスマホの横に分厚い資料ファイルを添えた。付箋《ふせん》が貼られたページは、ある二つの事件の捜査資料だ。

『8月に起きた江東区の看護師殺人と雑司《ぞうし》が谷《や》女子大学生殺人。お前達も概要は知っているだろう。特に九条は、江東区の事件は神田の付き添いで聴取に立ち会っていたな』
『はい。江東区の事件は被疑者は起訴されたと聞いていますが……』

 事件のひとつは九条には馴染みのある江東区看護師殺人。犯人の玉置理世《たまき りせ》が取り調べの担当刑事に美夜を指名したことで、バディの九条も取り調べの一部始終を見聞きしている。
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