〜Midnight Eden〜 episode4.【月影】
 もうひとつの雑司が谷の女子大学生の殺人事件は、九条も南田も関わりはない。
資料によれば被害者がマッチングアプリを利用していた関係の痴情の縺れの線で捜査は進められたが、被害者とマッチングで接点があった男にはアリバイがあった。

こちらの事件はまだ未解決だ。
(※どちらの事件も【episode3.夏霞】参照)

『今回、問題となるのは被害者側だ。江東区看護師殺人の被害者の下山祐実《しもやま ゆみ》と、雑司が谷殺人の被害者、芹沢小夏《せりざわ こなつ》の両名のスマートフォンから同じゲームアプリが見つかった。お前達に渡したスマホに同じアプリをインストールしてある』

 九条と南田は支給されたスマホをそれぞれ起動させた。ホーム画面に並ぶ通話やメールのアプリの横に、黒色の四角いアイコンが孤独に居座っている。

『……agent《エイジェント》?』
『代理人って意味だな』

 アプリの名前はagent《エイジェント》。南田が言うように、意味は代理人。

『クライムアクションゲームと呼ばれるジャンルのゲームだ。現実には禁止されている犯罪行動をゲームで体験することを目的に作られている。この手のゲームの経験はあるか?』
『パズルゲームなら空き時間にプレイしますが、さすがに犯罪系のものは……』
『俺もスポーツ系のアプリゲームなら経験ありますけど、クライムアクション系は興味がなくて』

刑事であるからには情報のアンテナは常に張り巡らせている。巷で流行りのクライムアクションゲームは経験こそなくとも、知識は九条と南田にもあった。

『警察官としては優秀な答えだな。これがサイバー課が把握している〈agent〉アプリの詳細だ。後で目を通しておいてくれ。ゲーム自体の苛虐《かぎゃく》性は、警察が定めたR指定基準に違反する点は見当たらない。現時点では別件の殺人事件の被害者二人のスマホから、同じゲームアプリが見つかったと言うだけだが……』

 別々の事件関係者のスマートフォンに同じゲームアプリがインストールされていただけでは、偶然の一致で終わる。そんなことを言い出せば、ランキング上位のSNSアプリやゲームアプリは誰もが保有しており、キリがない。

警察が動くには他に理由がある。九条の視線が、渡された〈agent〉に関する資料と上野の顔を行き来した。

『下山祐実と芹沢小夏は殺される少し前に自分名義の銀行口座から十万を引き出している。さらには二人が殺害される前の月の〈agent〉内での課金が、最高額の八万円に到達していた』
『下山祐実の十万の話は聞いています。でもゲームの課金で八万って……』
『二人は重課金者だったんですね』

 スマートフォンゲームアプリの最高課金額は五千円未満が一般的な数字だ。しかし中には、数万円や十万以上の多額の課金を費やしてしまう重課金、廃課金と呼ばれる利用者も存在する。

祐実も小夏も相当な重課金プレイヤーだ。
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