〜Midnight Eden〜 episode4.【月影】
 試着と会計時まで雪枝を付き合わせ、雪枝が羨ましそうに眺めていたマネキンのコーディネートを靴も含めて舞は一色買い上げた。

リリィユゥのラベンダーカラーの紙袋を手にして店を出る舞の後ろを、何も購入しなかった雪枝が家来のように従って歩いている。

 エレベーターで一階まで二人で降りて、雪枝と別れた。一階のカフェの前で待っていた吉田豊が舞を見つけて手を振っている。

「遅くなってごめんね」
『いいよ。欲しいもの買えた?』
「うん!」

吉田はすでに紙袋を両手に提げていた。すべて舞が購入した服やバッグだ。
ビルを出た舞達は、車を駐めている駐車場に向けて新宿の街を闊歩《かっぽ》する。

『さっき一緒にいたあの子は学校の友達?』
「そうだよ。偶然お店で会ったの。名前は雪枝ちゃん。頭も良くて委員長もやってて、すっごいイイコなんだ」

 吉田の車は国産の高級車。彼の職業を詳しく知らない舞は、吉田のことは会社の社長だと思っていた。
舞と吉田の間に彼の職業は関係がない。知らなくてもデートもできるし身体も重ねられる。

「イイコ過ぎて鬱陶しくて、だからいじめたくなるの」

小声で呟いて舞は車に乗り込んだ。後部座席に舞の荷物を押し込んでいた吉田には、彼女の呟きは聞こえていない。

『何か言った?』
「ううん。ねぇ、今日の腕時計いつもと違うよね。前はもっと大きくてゴツゴツとした時計つけてたでしょ?」

 運転席に座る吉田が着けている腕時計は、見慣れないシルバーのシンプルな腕時計だった。シートベルトを嵌めた吉田は手元に視線を落とす。

『あの時計は壊れてしまってね。修理に出しているんだ。これはいつも仕事でつけてる物だよ』
「そっか。だから変な感じしたんだ。だってその腕時計、スーツ着たサラリーマンがつけてるデザインだもん」
『ははっ。舞ちゃんは細かな所をよく見てるなぁ』

新宿の通りを走行する車は、舞と吉田が二人きりになれる快楽の場所に向かっていた。

{Fleurir《フルリール》さんで、発売したばかりのニューシングル、クロノスタシスです}

 車内ラジオから聴こえてくる女性パーソナリティーの声に引き続いて音楽が流れ始める。テンポの良いメロディと可愛らしい歌声が車内に響いた。

「あっ、フルリールの新曲!」
『舞ちゃんが好きなアイドルグループだよね』
「うーん。でも最近のフルリールはダメ。売上のランキングも1位取れないし、8月に行ったライブも前に比べたらイマイチだったの」
『どうして?』
「グループのセンターが変わったんだよ。莉愛ちゃんが死んじゃったからね」

新曲のクロノスタシスもサウンドは新鋭でも、歌詞や振り付けはありきたりで、過去のフルリールの楽曲と似通っていてつまらない。

『確か春頃だよね。アイドルの子が自殺したってニュースで見たよ』
「莉愛ちゃん可愛くて人気だったんだ。舞はリーダーの優奈ちゃん推しなんだけどぉ、莉愛ちゃんは二番目に好きだった」

 新曲が過去のフルリールと似ているなら、ファンは懐古主義と言われても望月莉愛がいた頃の曲を好む。
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