〜Midnight Eden〜 episode4.【月影】
 今夜は妹の舞も同居人の愁も不在のひとりきりの夕食だ。赤坂駅前のファーストフード店で購入したハンバーガーは、家に到着する頃には少し冷めていた。

自分のためだけに夕食を作る気にはなれなくても、自分のためにコーヒーは淹れられる。丁寧にドリップした熱々のブラックコーヒーとレンジで温めたハンバーガーを自室に運び込んだ夏木伶は、それらをデスクトップのパソコンが設置されたデスクに置いた。

 この大型モニターのパソコンは夏木コーポレーションの子会社、エバーラスティング社のメインシステムと繋がっている。

仕事に必要な環境はすべて夏木が整えてくれた。このパソコンひとつで、伶は〈agent〉アプリのすべてを管理していた。

 無心でハンバーガーを貪りながら彼が閲覧しているページはエイジェントの月別の依頼人リスト。

一覧に並ぶ今年7月の依頼人リストには、伶の恋人である来栖愛佳と彼女の友人“だった”芹沢小夏の名がある。小夏の名の下には先月殺された江東区の看護師、下山祐実の名前が見えている。

依頼人が殺されたのは、伶がエイジェントとして仕事を執行するようになって初めてのケースだ。それも裕実を殺した犯人の玉置理世は、祐実から依頼された殺しのターゲットだった。

 嫌いな人間の殺害を依頼した者が、その人間に殺される。理世の殺害依頼をした祐実は理世に殺され、愛佳の殺害依頼をした小夏は、愛佳の殺害依頼を受けた伶に殺された。

(愛佳も友達の殺害依頼を平然としているんだから怖い女だよな)

 愛佳と小夏に関しては、殺す相手はどちらでもよかった。
ただし、愛佳を殺せば彼女の恋人の立場にいる伶のアリバイは必ず聴取される。

その点、小夏と伶は大学が同じだけの顔見知り程度。小夏が殺されたとしても警察の捜査は伶には及ばない。
伶に害があるとすればせいぜい、友達を殺された体《てい》を装う愛佳の、下手な泣きの演技に付き合わされるくらい。

 自分が依頼をして小夏を殺したくせに、愛佳は伶がエイジェントとは知らずに下手くそな泣き真似で伶に甘える。最後はベッドの上で快楽に浸って喘いでいるのだから、彼女はかなりの策士だ。

 愛佳を殺さなかったのは恋人への愛や情ではない。愛してもいない女が死のうが、友人の殺人依頼をしようが、どうでもいい。

愁も言っていたが、女は精子の放出先。伶にとっての来栖愛佳とは、たったそれだけの存在価値だった。
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