〜Midnight Eden〜 episode4.【月影】
新たなインストール情報が二十通届いている。その中でも伶は五つのデータに着目した。
位置情報は千代田区霞が関二丁目。五台のスマートフォンが共に同じ位置情報ということになる。
この場所に建つ建物は警視庁本庁舎だ。
(そろそろ来る頃とは思っていたが、仕掛けてきたか)
口元を斜めにして彼はコーヒーを喉に流す。ハンバーガーは既に胃に収めたが、残りのチキンナゲットとハッシュドポテトはすっかり冷めていた。
レンジの前で熱を加えられながら回るチキンナゲットをぼうっと眺めていた伶の耳は、玄関の扉の開閉音に反応する。
「ただいまぁ。はぁー、重かったぁ」
軽やかな足音を従えて妹の舞がリビングに入ってきた。肩や手に提げた大量の買い物袋をソファーに置いた彼女は、そのまま荷物の山に埋もれて座った。
『おかえり。今日も沢山買ったな』
「そろそろ冬物も欲しくて、新作のバッグとコートとブーツも買っちゃった。でもちょっと買い過ぎちゃって、ここまで運んでくるの大変だったよぉ」
舞が引き連れてきた紙袋は大きなものから小さなものまで六つある。小さな紙袋の中身はハイブランドのアクセサリーだった。
夏木に渡されているクレジットカードで購入したのだろう。
舞はカードの請求額なんて気にしない。そろそろまともな金銭感覚を身につけさせなければと思いつつ、伶も愁も舞を甘やかしてしまう。
「あー、ナゲットとポテトっ! お兄ちゃん今日はハンバーガー食べたの?」
『夕食作るのが面倒だったんだ。食べる?』
「食べるぅ」
伶が食べるはずだった残りのナゲットとポテトは妹に渡る。口に頬張ったハッシュドポテトを咀嚼する舞はリビングのチェストに視線を移した。
「今年もいつものお花飾ってる……」
『母さんの誕生日だからね』
今日は伶と舞の母親、紫音の誕生日だ。伶は毎年、紫音の誕生日に母と同じ名を持つ紫苑《シオン》の花を生ける。
「お母さんってどんな人だった?」
『舞が母さんの話を聞きたがるのは珍しいね』
「だって毎年、お母さんの誕生日にお母さんと同じ名前のお花を飾るでしょ。お兄ちゃんが知ってるお母さんはどんな人だったのかなぁって。舞、お母さんの記憶ないんだもん」
薄紫の花を咲かせる紫苑の別名は鬼《おに》の醜草《しこぐさ》や、十五夜草《じゅうごやそう》、思《おも》い草《ぐさ》とも呼ばれる。
『母さんは優しい人だった。優しくて料理と園芸が好きで、よくお菓子を作ってくれたよ。シフォンケーキが旨かったな』
「お兄ちゃんが園芸と料理が好きなのもお母さんの遺伝かな?」
『舞には遺伝しなかったけどね。観葉植物を草だと言うのは止めなさい』
「うるさぁーいっ!」
紫苑の花言葉は追想。伶の思い出にいる母は庭の花の手入れとキッチンに立っている時だけ、楽しそうに笑っていた。
位置情報は千代田区霞が関二丁目。五台のスマートフォンが共に同じ位置情報ということになる。
この場所に建つ建物は警視庁本庁舎だ。
(そろそろ来る頃とは思っていたが、仕掛けてきたか)
口元を斜めにして彼はコーヒーを喉に流す。ハンバーガーは既に胃に収めたが、残りのチキンナゲットとハッシュドポテトはすっかり冷めていた。
レンジの前で熱を加えられながら回るチキンナゲットをぼうっと眺めていた伶の耳は、玄関の扉の開閉音に反応する。
「ただいまぁ。はぁー、重かったぁ」
軽やかな足音を従えて妹の舞がリビングに入ってきた。肩や手に提げた大量の買い物袋をソファーに置いた彼女は、そのまま荷物の山に埋もれて座った。
『おかえり。今日も沢山買ったな』
「そろそろ冬物も欲しくて、新作のバッグとコートとブーツも買っちゃった。でもちょっと買い過ぎちゃって、ここまで運んでくるの大変だったよぉ」
舞が引き連れてきた紙袋は大きなものから小さなものまで六つある。小さな紙袋の中身はハイブランドのアクセサリーだった。
夏木に渡されているクレジットカードで購入したのだろう。
舞はカードの請求額なんて気にしない。そろそろまともな金銭感覚を身につけさせなければと思いつつ、伶も愁も舞を甘やかしてしまう。
「あー、ナゲットとポテトっ! お兄ちゃん今日はハンバーガー食べたの?」
『夕食作るのが面倒だったんだ。食べる?』
「食べるぅ」
伶が食べるはずだった残りのナゲットとポテトは妹に渡る。口に頬張ったハッシュドポテトを咀嚼する舞はリビングのチェストに視線を移した。
「今年もいつものお花飾ってる……」
『母さんの誕生日だからね』
今日は伶と舞の母親、紫音の誕生日だ。伶は毎年、紫音の誕生日に母と同じ名を持つ紫苑《シオン》の花を生ける。
「お母さんってどんな人だった?」
『舞が母さんの話を聞きたがるのは珍しいね』
「だって毎年、お母さんの誕生日にお母さんと同じ名前のお花を飾るでしょ。お兄ちゃんが知ってるお母さんはどんな人だったのかなぁって。舞、お母さんの記憶ないんだもん」
薄紫の花を咲かせる紫苑の別名は鬼《おに》の醜草《しこぐさ》や、十五夜草《じゅうごやそう》、思《おも》い草《ぐさ》とも呼ばれる。
『母さんは優しい人だった。優しくて料理と園芸が好きで、よくお菓子を作ってくれたよ。シフォンケーキが旨かったな』
「お兄ちゃんが園芸と料理が好きなのもお母さんの遺伝かな?」
『舞には遺伝しなかったけどね。観葉植物を草だと言うのは止めなさい』
「うるさぁーいっ!」
紫苑の花言葉は追想。伶の思い出にいる母は庭の花の手入れとキッチンに立っている時だけ、楽しそうに笑っていた。