〜Midnight Eden〜 episode4.【月影】
『なんなら俺はあの嘘を本当にしてもいいと思ってる』
「冗談言わないでください」
『冗談じゃなかったら?』
愁の一挙一動に心臓を騒がせた1ヶ月前の花火の夜。勘違いしない女だからと美夜を恋人役に選んだくせに、美夜にキスをした彼の心情はいまだに不可解だ。
「花火の時のキスも今の言葉も冗談ですよね?」
『どうだろうな』
愁の淡々とした態度や口振りは、どこまでが本気でどこからが冗談か区別がつかない。
愁はおそらく女に不自由はしていない。美夜の希少な恋愛経験のみで語れば、女のエスコートもキスも手慣れている。
しかし遊びの女が他にいくらでもいる顔をしていても、彼が本気で愛や恋の甘い言葉を囁く男には思えなかった。
「私をからかって楽しいですか?」
『楽しいか楽しくないかで言えば楽しい』
そんな無表情で楽しいと言われても信じられない。
終着地点も知らされていない迷宮のドライブ。ドライブに誘われた意味も愁の誘いを断らなかった理由も、わかるようでわからない。
『そういえば誕生日いつ?』
「教えてなかったですね。10月24日です」
今日は9月24日。来月に美夜は二十八歳になる。
二十七歳最後の1ヶ月は、愁との夜間ドライブで開幕した。
『誕生日の夜、予定空けておいて』
「……仕事がどうなるかわかりませんよ?」
『構わない。俺もどうなるかわからないからな。その日会えたら、歳の数の薔薇の花束くらいは贈ってやるよ。薔薇は二十八本でいい?』
「木崎さんが薔薇の花束って、似合わない」
誕生日の贈り物に花束だなんて、そんな気障《キザ》な行いをする男には到底見えない。木崎愁という男には、一般的な男女の恋愛方程式を当て嵌めてはいけない。
「木崎さんは誕生日いつなんですか? 前に秋生まれではないと言っていましたよね?」
『6月13日』
「……とっくに過ぎていますね」
『来年に期待してる』
「何をです?」
『三十三本の薔薇? いや、俺は三十三個の煙草の方が有り難いな』
それは来年の6月も共にいようという未来の確約?
輪郭のぼやけた月のように、愁はいつも曖昧にはぐらかして美夜を惑わす。
たとえば二人の関係は、満月のようで満月ではない今夜の月に似ている。
恋のフリをした恋じゃない何か。
きっとそうだと彼女は思っていた。
プロローグ END
→Act1.迷宮回廊 に続く
「冗談言わないでください」
『冗談じゃなかったら?』
愁の一挙一動に心臓を騒がせた1ヶ月前の花火の夜。勘違いしない女だからと美夜を恋人役に選んだくせに、美夜にキスをした彼の心情はいまだに不可解だ。
「花火の時のキスも今の言葉も冗談ですよね?」
『どうだろうな』
愁の淡々とした態度や口振りは、どこまでが本気でどこからが冗談か区別がつかない。
愁はおそらく女に不自由はしていない。美夜の希少な恋愛経験のみで語れば、女のエスコートもキスも手慣れている。
しかし遊びの女が他にいくらでもいる顔をしていても、彼が本気で愛や恋の甘い言葉を囁く男には思えなかった。
「私をからかって楽しいですか?」
『楽しいか楽しくないかで言えば楽しい』
そんな無表情で楽しいと言われても信じられない。
終着地点も知らされていない迷宮のドライブ。ドライブに誘われた意味も愁の誘いを断らなかった理由も、わかるようでわからない。
『そういえば誕生日いつ?』
「教えてなかったですね。10月24日です」
今日は9月24日。来月に美夜は二十八歳になる。
二十七歳最後の1ヶ月は、愁との夜間ドライブで開幕した。
『誕生日の夜、予定空けておいて』
「……仕事がどうなるかわかりませんよ?」
『構わない。俺もどうなるかわからないからな。その日会えたら、歳の数の薔薇の花束くらいは贈ってやるよ。薔薇は二十八本でいい?』
「木崎さんが薔薇の花束って、似合わない」
誕生日の贈り物に花束だなんて、そんな気障《キザ》な行いをする男には到底見えない。木崎愁という男には、一般的な男女の恋愛方程式を当て嵌めてはいけない。
「木崎さんは誕生日いつなんですか? 前に秋生まれではないと言っていましたよね?」
『6月13日』
「……とっくに過ぎていますね」
『来年に期待してる』
「何をです?」
『三十三本の薔薇? いや、俺は三十三個の煙草の方が有り難いな』
それは来年の6月も共にいようという未来の確約?
輪郭のぼやけた月のように、愁はいつも曖昧にはぐらかして美夜を惑わす。
たとえば二人の関係は、満月のようで満月ではない今夜の月に似ている。
恋のフリをした恋じゃない何か。
きっとそうだと彼女は思っていた。
プロローグ END
→Act1.迷宮回廊 に続く