〜Midnight Eden〜 episode4.【月影】
Act1.迷宮回廊
10月14日(San)

 南新宿駅を発車した小田急小田原線の列車が高架線を通過する。渋谷と新宿の狭間に存在する閑静な住宅街を横断するガード下に、男がうつ伏せに倒れていた。

 神田美夜と九条大河は暗がりに沈む男に視線を落とす。絶命した男の年格好は若く、パサつきが目立つ髪はあえて脱色しているのか、白に近い銀色だ。

首には紐状の凶器で圧迫された跡がくっきりと残っている。
通常、絞殺死体の首には吉川線と呼ばれる被害者が抵抗した際にできる爪の引っ掻き傷があるが、男の首に吉川線の痕跡は確認できない。ほぼ無抵抗の状態で絞殺されていた。

『学生証を所持していた。被害者は城南産業大学三年の増山昇。家はこの近くだ』
「帰宅途中に襲われたということですか?」

美夜の問いかけに、先に現場に到着していた杉浦誠は首肯した。

『向こうの通りにあるダイニングバーが被害者のバイト先だ。被害者は昨夜23時頃にバイトを終えている。そこから家に帰るところを襲われたんだろう』

 身体にはスタンガンの跡も見られる。スタンガンで気を失い、うつ伏せに地面に倒れた被害者に馬乗りになった犯人が、体重をかけながら被害者の首をロープで締め付ける光景が容易に想像できる。

「財布の中のカード類やスマホも無事。物盗《ものと》り目的ではないですよね」
『物盗りでもないなら怨恨《えんこん》? 杉さん、この事件って機捜《きそう》から捜査一課《うち》に連絡が入ったみたいですけど、普通はここの管轄の原宿署に連絡が行きますよね。所轄を飛ばして警視庁に捜査権が移るってことは、何か事情があるんですか?』

 別件の被疑者の送検手続きを行っていた美夜と九条は、捜査一課長の上野恭一郎から現場急行の指令を受けた。現場に到着してみると美夜達の上司の小山真紀の姿はなく、捜査をしているのは杉浦と数名の鑑識係のみ。

このガード下の住所は代々木二丁目、原宿警察署の管轄区域だ。本来の捜査権は原宿署にあるはずの増山昇の殺人事件が機捜から直接、警視庁捜査一課に捜査の権限が移行するとは、よほどの重大事件かと美夜達は思っていたのだが……。

(※機捜…機動捜査隊《きどうそうさたい》。警視庁または都道府県警察本部の刑事課に所属し、刑事事件の初動捜査を行う執行隊)

『まぁ……ちょっとな。そのうち話すから』

 杉浦は珍しく言葉を濁したが、九条の疑問はもっともだ。
被害者はバイト帰りの大学生。物盗りでもなく、スタンガン利用の用意周到さを考えれば動機は被害者への怨恨に間違いない。
金銭トラブルか交遊関係のトラブル、大方その類いであろう。

大学生の絞殺事件の捜査権が早々と警視庁に移行した件、杉浦の態度と真紀の不在、色々と不可解な点の多い殺人現場だ。
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