〜Midnight Eden〜 episode4.【月影】
 高級ブランドのロゴが尊大に主張する財布に入っていた免許証の氏名は伊吹大和、生年月日は平成9年11月19日。
免許証の住所は港区浜松町一丁目となっていた。

『浜松町? お前、家が近所じゃなかったのか?』
『実家がここなんだよ。こっち帰ってきたら昇の母ちゃんがうちに来ててさ……それでアイツが殺られたって知って……』
「やっぱり。被害者と面識があるのね?」

 思わず増山昇の名を口走ってしまったのだろう。大和は目を泳がせて口をつぐんだ。
へらへらと笑っていたかと思えば不貞腐れて黙りを決め込む。精神がまるで子どもだ。

『被害者と面識があるならこのまま帰せねぇな。警視庁まで来てもらう』
『は? ヤダよ離せよっ!』
『抵抗すると公務執行妨害になるぞ。おとなしくしとけ』

 さっさと歩けと叱咤する九条と背中を丸めて気だるげに歩く大和の後ろ姿は、親猫が子猫の首根っこを捕まえて連れ行く様子に似ている。
道に並ぶ家々からやけに子どもの声が聞こえると思えば、今日は日曜日だった。

 時雨心地《しぐれごこち》の空から秋風が降りてくる。
この曇天も九州に近付いている台風が呼び込んだ低気圧だ。本州への台風上陸は今のところはないようだが、美夜の横を通り抜ける風は秋のぬくもりを感じない、湿り気を含んだ不吉な風だった。

        *

 警視庁に連行された伊吹大和は被害者、増山昇の古くからの友人だった。増山の実家と大和の実家は同じ地区にあり、あろうことか彼の父親は東京弁護士会の副会長を務める伊吹啓太郎。

伊吹弁護士は過去に警察が逮捕送検、検察が起訴した事件を裁判で何度も不起訴に逆転している。警察としては因縁のあるやり手の弁護士だ。

『あの伊吹弁護士の息子とは、お前らも厄介なカード引いて来たなぁ』
『すみません。まさか弁護士会副会長の息子だとは思わず……』
「だけど友人が殺された現場から逃げるってことは、後ろめたいことがあるんですよ」

 応接室の隣の覗き窓から中の様子を窺う美夜、九条、杉浦は、三者三様の困惑の表情を浮かべた。ブラインドの隙間を通して見える伊吹大和は、応接室のソファーで悠々と過ごしている。

彼が在学する大学は港区に所在する有名私立大の東桜大学。独り暮らしのマンションは港区浜松町のタワーマンション。
父親の権力と財力を存分に誇示して生きている、典型的なボンクラ息子だ。

『杉浦さん、増山昇と伊吹大和には前科がありました。しかも奴らが起こした事件が……』

 別チームの刑事、南田康春が持ってきたタブレット端末を拝借した杉浦は二度、小さく首を縦に振った。

『繋がったか。九条、神田。お前達も見てみろ』

タブレットは杉浦から美夜へ。美夜の横から九条も覗き込み、二人はタブレットに表示されたデータを閲覧した。

「望月莉愛って……半年前に自殺したあのアイドル?」
『相当騒がれた事件だよな』

 半年前の2018年3月20日、新宿区内のマンションの屋上から女性が飛び降り自殺を図った。自殺したのは、2016年5月にデビューしたアイドルグループ〈Fleurir《フルリール》〉のメンバー、望月莉愛。

自殺した翌日は莉愛の二十歳の誕生日だった。
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