平穏に隠された負の感情
鍛冶屋の異変《三》
「七日も経っておれば、動けぬであろう。様子は見にいったか?」
「はい。それが……頼んだ鍛冶屋はまだ生きているようでして……」
「どういうことじゃ! わけを聞き出してこい!」
右今は憤慨する。
千砂はそこまで聞いて、屋敷を後にした。
二日後、霊斬が隠れ家を訪れる。
「どうだった?」
「首謀者は名取右今。上様に献上する刀を捜していたらしい」
「……四柳に聞いて正解だった」
「四柳さんに?」
千砂が首をかしげた。
「刀になにかついていたから、四柳に見せた」
「そうだったのかい」
千砂は納得したように、うなずく。
「なら、あの刀は、喜助から返さない方がいいかもしれねぇな」
霊斬は考え込む。
「そうかもしれないねぇ」
霊斬は千砂と別れ、店へ戻った。
霊斬は丁寧に三日かけて研磨を済ませると、床に寝転ぶ。
――鍛冶職人を亡き者にする理由が分からん。それに、斬ったところで得などなかろうに。
装飾品まで買い占めた理由。組み合わせ次第で、ものになるとでも思ったのかもしれない。
だが安い鍛冶屋をいくつも、買い占める理由が分からん。
推測と疑問が混じり合い、霊斬は一人、顔をしかめる。
それから数日後の、決行当日。
その夜、霊斬は黒の長着と、同色の馬乗り袴を身に纏う。
黒の足袋を履き、黒の羽織を着る。同色の布で顔の下半分を、覆うことも忘れない。
黒刀を腰に帯びると、修理した刀を手に袋小路へ向かった。
「れ……」
「大声で呼ぼうとするな、馬鹿」
霊斬は喜助から見えない場所で、声を出す。
「すみませんっ!」
「依頼された刀だが、事情により預かる」
「修理はしたんですよね?」
「幻鷲がな。あの刀の持ち主は?」
「知りません」
「分かった。もういけ」
喜助が去った後、千砂に声をかけられる。
「ここにいたのかい。なにか情報は得られた?」
「なにも」
「乗り込むしか、ないようだね」
「いくぞ」
「はいよ」
霊斬は千砂とともに、名取家へ向かう。
二人は屋根裏から屋敷に忍び込み、千砂が右今の部屋の真上まで案内した。
静かにしていると会話が聞こえてくる。
「他の鍛冶屋に頼んだだと!」
その大声は屋敷中に響き渡るほどであった。
千砂がそっと天井の板をずらして、二人で様子を見た。
「は、はい」
「そやつは誰じゃ!」
「幻鷲と、名乗る者でして……」
「毒でやられていたか?」
「それが先ほどまで様子を見ていたのです。毒に中っていないようで……」
「役に立たんな!」
先ほどから右今は、憤慨しっ放しである。
「申しわけございません……」
「痴れ者が!」
床に額をこすりつけた家臣を、右今は抜刀して斬る。
どさっと重い音を立てて倒れ、畳が血で紅く染まっていく。
「早く片づけなければなぁ」
骸を前に呑気なことを言ってのけた。
その一言に千砂と霊斬は、頭の中でぷつんっとなにかが切れた音を聞く。
霊斬はさらに天井の板をずらして、右今の左横に飛び降りる。
部屋の中は刀を振るえるくらいには広かった。
「なに……」
霊斬は飛び降りるや、右今の首に黒刀を突きつけた。
「させねぇぞ。家臣を斬っておいて、周囲に助けを求めるなんざ」
「おのれ……」
右今はそうっと、部下を斬った小太刀に手を伸ばす。
それを見ていた霊斬は、一歩下がった。
その様子を見た右今が、悔しそうに顔を歪める。
――こいつの刀だったのか。
太刀を持っていないことに気づいた霊斬は、内心で嗤う。
「ほらよ」
霊斬は修理した刀をぞんざいに投げる。
「何故、生きて……?」
畳に転がったそれを拾った右今は、睨んできた。
「毒なら綺麗に、落としてやった」
霊斬は布の下で、冷笑を浮かべる。
「そなた……!」
右今が抜刀し、首を狙って斬りかかる。
それをぎりぎりのところで受け止めた霊斬は、笑みを深めた。布で隠れて見えないが、それは背筋を凍らせるような笑みである。
渾身の一撃であるにもかかわらず、黒刀は圧される様子がない。
それでも力を込めると自らの刀が震え出し、かたかたと音を立て始める。
「安い鍛冶屋を買い占めることで、金を削りたかったのか?」
斬り合いの途中に、霊斬が問う。
右今は顔を歪める。
霊斬はそのまま黒刀を前へ向かって振ると、右今が体勢を崩す。
まだ楽しみたいのか、右今に寸止めの攻撃を何度も仕掛ける。
「早く言えよ」
右今は挑発に乗り、怒りを募らせていく。
「貴様の、言うとおりじゃ!」
右今の攻撃を脇腹に受けるも、霊斬の目は冷ややかなまま。
「ついでにもうひとつ。買い取った店の鍛冶職人を、斬った理由は? 口封じか? それとも……」
刀同士がぶつかる固い音が響く。霊斬は再度口を開いた。
怒りと殺意に燃える刀。遊びのように振るわれる黒刀。何度も斬り合い、互いの身体を傷つけていく。
霊斬は左腕、右脚、さらに脇腹を二か所傷つけられていた。
対する右今は、右腕と、右脚、左肩を。
右今の息が荒くなっている。
畳は骸と霊斬、右今の鮮血で紅く染まっている。
互いの動きが止まるも、流れる血は止まらない。
「答えろよ」
霊斬は冷たい声を出す。
千砂はその様子を、ひやひやしながら見ていた。
ただ、霊斬の戦い方の変化に驚いてもいた。
「はい。それが……頼んだ鍛冶屋はまだ生きているようでして……」
「どういうことじゃ! わけを聞き出してこい!」
右今は憤慨する。
千砂はそこまで聞いて、屋敷を後にした。
二日後、霊斬が隠れ家を訪れる。
「どうだった?」
「首謀者は名取右今。上様に献上する刀を捜していたらしい」
「……四柳に聞いて正解だった」
「四柳さんに?」
千砂が首をかしげた。
「刀になにかついていたから、四柳に見せた」
「そうだったのかい」
千砂は納得したように、うなずく。
「なら、あの刀は、喜助から返さない方がいいかもしれねぇな」
霊斬は考え込む。
「そうかもしれないねぇ」
霊斬は千砂と別れ、店へ戻った。
霊斬は丁寧に三日かけて研磨を済ませると、床に寝転ぶ。
――鍛冶職人を亡き者にする理由が分からん。それに、斬ったところで得などなかろうに。
装飾品まで買い占めた理由。組み合わせ次第で、ものになるとでも思ったのかもしれない。
だが安い鍛冶屋をいくつも、買い占める理由が分からん。
推測と疑問が混じり合い、霊斬は一人、顔をしかめる。
それから数日後の、決行当日。
その夜、霊斬は黒の長着と、同色の馬乗り袴を身に纏う。
黒の足袋を履き、黒の羽織を着る。同色の布で顔の下半分を、覆うことも忘れない。
黒刀を腰に帯びると、修理した刀を手に袋小路へ向かった。
「れ……」
「大声で呼ぼうとするな、馬鹿」
霊斬は喜助から見えない場所で、声を出す。
「すみませんっ!」
「依頼された刀だが、事情により預かる」
「修理はしたんですよね?」
「幻鷲がな。あの刀の持ち主は?」
「知りません」
「分かった。もういけ」
喜助が去った後、千砂に声をかけられる。
「ここにいたのかい。なにか情報は得られた?」
「なにも」
「乗り込むしか、ないようだね」
「いくぞ」
「はいよ」
霊斬は千砂とともに、名取家へ向かう。
二人は屋根裏から屋敷に忍び込み、千砂が右今の部屋の真上まで案内した。
静かにしていると会話が聞こえてくる。
「他の鍛冶屋に頼んだだと!」
その大声は屋敷中に響き渡るほどであった。
千砂がそっと天井の板をずらして、二人で様子を見た。
「は、はい」
「そやつは誰じゃ!」
「幻鷲と、名乗る者でして……」
「毒でやられていたか?」
「それが先ほどまで様子を見ていたのです。毒に中っていないようで……」
「役に立たんな!」
先ほどから右今は、憤慨しっ放しである。
「申しわけございません……」
「痴れ者が!」
床に額をこすりつけた家臣を、右今は抜刀して斬る。
どさっと重い音を立てて倒れ、畳が血で紅く染まっていく。
「早く片づけなければなぁ」
骸を前に呑気なことを言ってのけた。
その一言に千砂と霊斬は、頭の中でぷつんっとなにかが切れた音を聞く。
霊斬はさらに天井の板をずらして、右今の左横に飛び降りる。
部屋の中は刀を振るえるくらいには広かった。
「なに……」
霊斬は飛び降りるや、右今の首に黒刀を突きつけた。
「させねぇぞ。家臣を斬っておいて、周囲に助けを求めるなんざ」
「おのれ……」
右今はそうっと、部下を斬った小太刀に手を伸ばす。
それを見ていた霊斬は、一歩下がった。
その様子を見た右今が、悔しそうに顔を歪める。
――こいつの刀だったのか。
太刀を持っていないことに気づいた霊斬は、内心で嗤う。
「ほらよ」
霊斬は修理した刀をぞんざいに投げる。
「何故、生きて……?」
畳に転がったそれを拾った右今は、睨んできた。
「毒なら綺麗に、落としてやった」
霊斬は布の下で、冷笑を浮かべる。
「そなた……!」
右今が抜刀し、首を狙って斬りかかる。
それをぎりぎりのところで受け止めた霊斬は、笑みを深めた。布で隠れて見えないが、それは背筋を凍らせるような笑みである。
渾身の一撃であるにもかかわらず、黒刀は圧される様子がない。
それでも力を込めると自らの刀が震え出し、かたかたと音を立て始める。
「安い鍛冶屋を買い占めることで、金を削りたかったのか?」
斬り合いの途中に、霊斬が問う。
右今は顔を歪める。
霊斬はそのまま黒刀を前へ向かって振ると、右今が体勢を崩す。
まだ楽しみたいのか、右今に寸止めの攻撃を何度も仕掛ける。
「早く言えよ」
右今は挑発に乗り、怒りを募らせていく。
「貴様の、言うとおりじゃ!」
右今の攻撃を脇腹に受けるも、霊斬の目は冷ややかなまま。
「ついでにもうひとつ。買い取った店の鍛冶職人を、斬った理由は? 口封じか? それとも……」
刀同士がぶつかる固い音が響く。霊斬は再度口を開いた。
怒りと殺意に燃える刀。遊びのように振るわれる黒刀。何度も斬り合い、互いの身体を傷つけていく。
霊斬は左腕、右脚、さらに脇腹を二か所傷つけられていた。
対する右今は、右腕と、右脚、左肩を。
右今の息が荒くなっている。
畳は骸と霊斬、右今の鮮血で紅く染まっている。
互いの動きが止まるも、流れる血は止まらない。
「答えろよ」
霊斬は冷たい声を出す。
千砂はその様子を、ひやひやしながら見ていた。
ただ、霊斬の戦い方の変化に驚いてもいた。