平穏に隠された負の感情

明かされる過去《七》

 霊斬は新人を装って、その集団に潜り込む。
「今日からお世話になります、(げん)と言います」
「堅いのはなし! ゆる~くいこうぜ!」
 (かしら)(おぼ)しき男に肩を抱かれ、霊斬は委縮したふりをしてうなずく。
「は、はい」
 
 それから数日のうちに、近くの米問屋に盗みに入った。
 祝杯を上げていると、下っ端の男が話しかけてくる。
「幻よぉ。前な、利津家からある男を探せ。それから男と女二人を斬れ、って依頼を受けたときにな結構稼いだんだ。
 金はみんな、酒に使っちまったんだけどな」
 皆いっせいに、がははっと嗤い出す。
「あのときはよかった。男は見つからなかったのに、報酬たんまりくれてよぉ」
「俺達さえよければ、他はどうだっていいのさ! いや~、またああいう依頼こないかね?」
「そうだな」
 霊斬は途中から話に参加していなかった。人の命を奪ったことをなんとも思わない、屑に出くわした。
 腰に下げていた刀に手をかけ、周辺に座っていた男達に一太刀浴びせた。
「なにすんだ! てめぇ!」
 別の男の怒号が飛ぶ。
 霊斬はその男を斬り捨て、次々に男達を血飛沫と肉塊に変えていく。
 血に濡れた着物を(ひるがえ)し、返り血を浴びながらも動じない。霊斬は男達を斬り続けた。
 数多くの断末魔を聞きながらも、霊斬は冷静だった。
「煩い」
 霊斬はそれだけ告げると、惨状と化した住処を後にした。
 
 その足で利津家に向かう。
 屋根裏から話を盗み聞く。
「賊の一団がやられました」
「なんじゃと! 誰がそんなことを!」
「分かりませぬ。しかしあの場の状態から言って、相当腕の立つ者ではないかと」
「さっさとそやつを捕らえよ!」
「は!」
「その必要はない」
 霊斬は屋根裏から飛び降り、男と重五郎の間に降り立つ。
「貴様が賊に、(めい)を出したのか?」
 霊斬は冷え切った声で尋ねる。
 男は沈黙。
 その沈黙を肯定と受け取った霊斬は、問答無用で斬り捨てる。
 先ほどまで話をしていた男が、一瞬のうちに骸へと変わった。
 血のついた刀をそのままに、霊斬は重五郎に向き直る。
「わしになにを、するつもりじゃ」
 怯えた声で尋ねる重五郎の姿は、あまりにも哀れだ。
「なにも。せいぜい苦しみながら生きろ」
 霊斬は吐き捨てると、刀を振り血を払う。

陸奥(むつ)!」
 重五郎は家臣の名を呼ぶ。
 襖を挟んだ向こう側から声がする。
「いかがなされました?」
「今から言うことすべてに、はいと答えろ!」
 重五郎は骸を前に叫んだ。
「は」
 呼ばれた陸奥は、なにを言っているんだと思いながらも従う。
「刃傷沙汰が起きた。陸奥家の者の手にかかってしまったと、わしは自身番に伝える」
「お待ちください。話が……」
「口答えするな!」
 すかさず、重五郎の声が飛ぶ。
「……はい」
「分かったら、もう用はない。去れ」
「はい」
 陸奥はその言葉を最後に、その場を後にした。
 
「なんのつもりだ?」
 霊斬は低い声で尋ねた。慣れた手つきで、刀を鞘に仕舞いながら。
「この家で刃傷沙汰など、あってはならない。それだけじゃ」
「その決断で不幸が起こらぬことを、祈ってやるよ」
 霊斬は冷ややかな声で言い、屋敷を後にした。
 
「俺は忠告を無視して、賊と武士を亡き者にした。後悔はない」
 霊斬は淡々とした口調で、話を続ける。
「それでも、俺の心に空いた穴は埋まらなかった。
 それをあえて、埋めないまま生きてきた。その必要もなかったんでな」
「……そうだったのかい」
 千砂は言いながら、酒を呑んだ。
 ――哀しかっただろう、辛かっただろう、苦しかっただろう。けれど、それを決して口にしない。
 一番傷ついたのは霊斬なのに。誰かに頼りたいときだってあるだろうに、決して頼らない。
 そんな彼の傍にいたかった。心の傷は癒せないかもしれない。けれど、寄り添いたかった。誰よりも強くて、誰よりも孤独で。誰よりも怒り、誰よりも哀しんで。誰よりも、苦しんでいる霊斬に。
「よくもまあ、そんなんで今まで生きてこれたねぇ」
 霊斬が苦笑する。
「そうだな。いろんな奴らから、恨みは買っているだろうな」
「さらっと怖いことを、言うんじゃないよ」
 千砂にようやく笑顔が戻る。
「話してくれてありがとうね。あたしはこれで」
 千砂が立ち上がった途端、体勢を崩す。それを慌てて支えた霊斬は、思わず申し出る。
「送っていく」
「悪いねぇ。だいぶ、呑んじまったようだね」
 千砂が霊斬に支えられたまま苦笑する。
 格子から外を見れば、空に月が浮かんでいた。
「そのようだ」
 霊斬は千砂を座らせると、部屋を出る。
 
「大将、長い間すまなかったな」
「気にすんな。よくあることだから」
 大将はひらひらと手をふってみせる。
「そうか」
 袖から財布を取り出した霊斬はお代を払う。
 霊斬は部屋に戻り、千砂を背負うと飯屋を後にした。
 
 千砂を背負って歩いていると、寝言が聞こえてくる。
「……独りで抱え込むんじゃないよ。ばーか」
 ――一言、余計だ。
 と思いつつ、霊斬は内心で感謝し、背負い直すと隠れ家に向かった。
 
 隠れ家に着くや、奥の方に布団を見つけた。
 霊斬は千砂を起こさないように寝かせ、布団をかけてやると、声をかけられる。
「霊斬」
「起きていたのか」
 霊斬が苦笑する。
「途中からだけどね」
 千砂がくすっと笑う。
「悪いね。わざわざ送ってもらっちゃって」
「気にするな」
 霊斬は微笑すると、隠れ家を後にした。
 
 その帰り道、霊斬は思う。
 どんなに辛くても俺はこの仕事を続ける。けれど、それ以上に、最後まで生き抜いてみせる。
 周りの言うことなんざ、関係ない。
 信じられる者だけと、ともに生きればいいのだ。
 感情すべてを引き受けて呑み込み、嵐となって、生き抜くのも悪くはなかろう。
 悪と言われても、はたまた英雄と呼ばれても、俺にはどうでもいいこと。
 ただ独りで抗ったものがいた、と誰かの記憶に残るくらいでちょうどいい。
 今さら多くを望むわけじゃあない。なにもかもを失ったのだから、望みなんぞ最初から要らん。
 霊斬は夜空に浮かぶ満月を見上げた。
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