平穏に隠された負の感情

違和感《五》

 次々に繰り出される斬撃を、紙一重の距離で(かわ)す。
 しかし、頬に刃が触れ、紅い筋が滲む。
 僅かに目を細めると、刺客の首筋に黒刀を突きつける。
「貴様、ひとりか? それとも……」
 刺客は無言のまま、指を鳴らした。どたどたと複数の足音が聞こえてくる。
 右腕を斬り裂くと、刺客を蹴り飛ばす。
 刺客は庭に転がり落ち、痛む腕を引き()っていずこかへと消えた。
 追わせまいとするかのように、複数の刺客が霊斬を取り囲む。
 ――増えても同じだというのに。
 内心で呆れながらも、その中に突っ込む。霊斬は相手の腕や脚を狙って斬りつけていく。
 自棄(やけ)になって突っ込んできたところを、躱して一撃。再起不能に。
 前後から同時に繰り出された、二本の刀を避ける。お互いの肩を刺してしまい悶絶する。
 その隙を狙って、脚をそれぞれに斬りつける。
 なんとも(たち)の悪い戦い方だ。しかしそれが一番効率的であることを、霊斬が証明していた。
 人数では不利であるのにもかかわらず、それを感じさせない気迫と動き。
 その場にいた人は誰も口を挟むことができず、見ていることしかできなかった。

「なにをしているの! さっさと奴を押さえなさい!」
 いつの間にか姿をあらわした女が、金切り声を上げた。
 反対の廊下に現当主が姿を見せる。
「おぬしが黒幕か?」
「何故……あなた様がここに?」
「自分の子を次期当主にと考えていたのではあるまいな!」
「だとしたら、なんだというのです! (わたくし)の子が当主になるのは当然のこと!」
「黙らんか! そのようなこと、このわしが認めんぞ!」
 二人の喧嘩は収まらなかったが、そのことは誰も気にとめていなかった。

 その間霊斬は、刺客の中でも、耐久力の高い男を相手取っていた。
 急所以外はすべて斬りつけたが、倒れる様子がない。
 これ以上長引けば、不利になるのは確か。相手を斬るわけにもいかない。
 みねうちでもと思ったが、相手にこれ以上舐められるのは(しゃく)(さわ)る。
 そんなことを考えていると、男が攻撃を繰り出してくる。
 慌てて躱し、首に手刀を喰らわせた。
 男は悔しそうな顔をして、気を失った。
 それを見た霊斬は声を張った。

「富川義徳!」
「大声で呼ばないでください。いったい、なんですか。急に入ってきて」
 静まった中庭で、その男は困った顔をした。静かに霊斬の前へと歩みを進める。
「先の小料理屋の一件、貴様の仕業だな?」
「はて? なんのことやら」
 霊斬は溜息を吐く。
「貴様の父親が起こした不祥事を収めるため、武士を辞めさせられた。あの日憂さ晴らしに、呑んでいたんだろう?」
 尋ねる霊斬の声は、冷ややかなものだった。
「その日は呑んでいましたね」
 義徳はうなずく。
「町ではここの暗い噂が広まっているようだぞ? お前のしたことは町人らが見ている」
 義徳は怒りのあまり震えながら、懐から取り出した短刀の柄に手をかけていた。
「だったら、全員に死をくれてやる!」
「なにをしたって、彼らの目からは逃れられない。まあ、この家の地位がどこまで堕ちようが、俺にはどうでもいいんだが」
「黙れ! お前さえいなければ、白紙に戻せる!」
 義徳は短刀を抜きながら、斬りつけてきた。
 黒刀の柄に、手を伸ばそうともしなかった。その攻撃を躱し、足を払った。
 体勢を崩し、仰向けに地面に転がった義徳の胸を、草履で踏みつける。
 念のため目の前に転がっていた抜き身の短刀を遠くへ(ほう)る。
 暴れる義徳を再度踏みつけると、大人しくなった。
 
 駄目もとで霊斬は大声を出す。
「誰か、自身番、呼んでくれないか?」
「それならもう手配済み。あと少ししたらくるよ」
 誰かの声が響いた。
 霊斬は振り返って目を見開く。そこにいたのは、かなりの腕を持つ忍び。

「あんた、面白そうなことしているねぇ。情報が欲しけりゃ、いつでもきな」
「どうして、ここにいる?」
 霊斬が問うと、鼻で嗤うのが分かった。
「それは後で。さっさといかないと、面倒なことになるよ」
 しばらく黙っていた男女を一瞥する。
 自身番の連中の声が聞こえてくる。
 霊斬と忍びは屋敷を出た。
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