イノセント

1

古びたラブホテル。

ベッドが軋む音が段々と大きくなり、これでもかと腰を振っていた男の動きが止まった。

コンドームの中に吐き出された液体は、この世の全ての男達が持っている欲望そのもの。

ベッドから立ち上がり、テーブルの上に置かれた二万円とバッグを持ってシャワーを済ませる。

「そんなに警戒しなくても、金に困ってる立ちんぼのカバンなんか漁らねえよ」

一時間前に初めて会った男はまだ裸のままベッドに座り、蔑んだ目で私を見ながらタバコの煙を吐いた。

もう二度と会わない男の声を無視して、コートを羽織りホテルを出る。

男は、みんな同じ。
己の欲望を吐き出した途端、自分勝手に横暴な態度をとる生き物。

そんな生き物の戯言をいちいち気にしていたらキリがない。

12月の寒い夜。

『立ちんぼ』の穴場スポットは競争率が高い。

だから敢えて穴場を避けた、売春スポットではない街灯の下の前に立つ。

そして声をかけてくる男達に、お金と引き換えに体を売る。

街灯の下は私の『売り場』で、私の仕事は『娼婦』。

娼婦になってから、どれ位経っただろう。

『顔も体も良いんだから、立ちんぼじゃなくて風俗店で働けばいいのに』

もう顔も覚えていない『客』に言われた言葉。

風俗店に在籍してしまえば、店のスタッフとの関わりは避けては通れない。
出来るだけ、人と関わりを持ちたくない。

それが立ちんぼを選んだ理由だった。

街灯の下でガードレールに軽く腰をかける。

人通りが多くも少なくもない絶妙なこの売り場には、様々な人達が行き来する。

もちろん、欲望にまみれた男達も。

「お姉さん、いくら?」

くたびれたスーツを着た男が酒臭い息を吐きながら、声をかけてくる。

ピースサインのように人差し指と中指を二本立てると、男は卑しい笑みを浮かべた。

今夜は、何人の男に買われるのだろう。

ホテルへと歩きながら、ぼんやりと夜空を見上げた。
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