〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 爆破のタイムリミットまで時間がない。雪枝は爆弾を偽物だと思い込まされている。
だから悠長に、悲劇のヒロインを気取っていられるのだ。

一刻も早く舞と人質の生徒達をここから救出して、爆発の前に爆発物処理班が教室に入れる状態を作る……。それが美夜に課された任務。
そのためには雪枝には現実を知らせ、直《ただ》ちに知佳を拘束しなければならない。

 美夜の苛立ちと同調するように、彼女の隣にいた愁が雪枝に向けて溜息混じりに呟いた。

『それがモデルガンだとわかってるのか?』
「モデルガン……?」
『撃っても死ねない偽物の銃だ。ちなみに爆弾は本物。お前は最初から仲間に騙されてるんだよ』

銃を扱う者は皆、一目見て雪枝の持つ銃が本物ではないと気付いていた。材質や塗装の具合を見ても、おもちゃ同然のモデルガンだ。

 偽物の拳銃と本物の爆弾の真実を知って動揺する雪枝の腕を、愁が掴む。彼は雪枝の持つ銃をまじまじと眺めて鼻で嗤《わら》った。

『飾り程度についてるセイフティも外れてないな。銃の扱いも知らないガキが、一人前に死にたいなんて言うんじゃねぇ』

奪い取った銃を愁は美夜めがけて放り投げた。宙を軽々と舞うモデルガンは、愁と別れた雨の夜のデジャヴ。

 対策本部にいる真紀からインカムに入電が入る。美夜と九条のインカムに同時に伝えられた例の件が、二人の刑事の頼みの綱だ。

『雪枝ちゃん、おいで。これからやり直そう。お父さんとお母さんと話し合って、君が思ってることを全部話せばいい。俺も力になるから。ね?』
「……ごめんなさい……」

 雪枝は今度こそ、差し伸べられた九条の手を取った。甘ったれた少女には優しい綺麗事がお似合いだ。
それが許されるうちは、生ぬるい綺麗事に浸かっていればいい。

 綺麗事のぬくもりに雪枝が暖められても、もうひとつの冷めた瞳は温まらない。
轟いた鋭い銃声は、孤独な女の叫び声だ。二発連続で天井に撃ち込まれた銃弾が電球を粉々に破壊した。

割れた電球の破片が床に飛び散る。降り注ぐ破片から舞を庇う愁と、雪枝を庇う九条。
美夜も身を低くして、落下する破片の粉雪から逃れた。

「雪枝の銃はモデルガンだけど、こっちは本物。梶浦が調達してきた本物の銃は三丁だけだったの」

 硝煙の臭いの中心には宮島知佳がいる。突然の発砲にパニックに陥った教師と生徒達は、机を盾にして教室後方の壁際に集まっていた。

「雪枝ちゃんにはモデルガンを本物と偽り、本物の爆弾は偽物と言って騙す。卑怯なやり方ね」
「雪枝は馬鹿なお嬢だもん。これだけのことしておいて、夏木舞に謝ってもらえばそれでいいなんてワガママはまかり通らない。滝本さんですら夏木十蔵が謝罪会見しないことまで折り込み済みなのに、雪枝は夏木舞を謝らせたいだけなんて馬鹿だよねぇ。だから私達に利用されるのよ」

 河原水穂の忠告は正しかった。宮島知佳はヤクザ崩れの梶浦や吉井、盗撮マニアの巻田を除けば、犯人グループの誰よりも精神が歪んでいる。
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