〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
Act4.風花悲恋
12月5日(Wed)

 朝の空気に浮かんだ吐息は白く儚い。桜田通りを歩く神田美夜の横を通り過ぎる霞が関のサラリーマンも、こぞって冬の青空を見上げていた。

 警察官とは虚しい職業だ。命の危険と隣り合わせのこの仕事には、悪意の存在が必要不可欠。
この世のダークサイドと対峙するたびに美夜はつくづく、人間と呼ばれる醜い生き物に嫌気が差す。

 どうして正義《そちら》側にいるんだと、ある犯罪者は美夜を問い詰めた。
その犯罪者の名を昨日は散々耳にしたが、だからだろう。昨日からずっと、考えてしまう。

どうして10年前の“松本美夜”は刑事になろうと思ったのか──。

 世の中を善《よ》くしたいだとか悪者はひとり残らずこの手で捕まえたいだとか、暑苦しい相棒が持ち合わせている正義の志が美夜には欠けている。

 相変わらずの誰が為の罪滅ぼしは、いつになれば刑期を終える?
誰に対する贖罪《しょくざい》? 誰に対する罪悪感?

 今でも佐倉佳苗の死に悲しみの感情は生まれない。明智が殺さなければ、いつか美夜が佳苗を殺していた。

(佳苗に悪いとも思ってないくせに、何が贖罪? ……結局私は10年間、自分が許せないだけなんだ)

生と死の狭間にいた幼なじみに慈悲の手を差し伸べなかった10年前の松本美夜を、10年後も神田美夜は許せないでいる。

(いつまで私は自分に謝り続けているの?)

 人を殺したくなった自分を。いつか人を殺してしまうと悟った自分を。

彼女はまだ赦《ゆる》せなかった。
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